海を越えて年を越えて季刊『メタポゾン』第八号が届きました。
 私みたいなものでも、こうして米国に居ながら日本の仕事もさせて頂ける。有り難い事です。
 小生の連載「活動写真キネマを語る」では米国で絶賛を博した『東京の宿』と『非常線の女』について書かせて頂きました。さらに映画ファンにとっては大西巨人「映画よもやま話」で山中貞雄の『森の石松』を取り上げているのも見逃せませんし、渡辺考「ああ わがテレビ ドキュメンタリー誕生」も読んでおきたい所ですね。
 そのほか充実の記事が載っている筈ですが、なにしろ今日届いたばかりなので内容についてあーだこーだ言える状況ではありません。でも表紙に掲載されている主要執筆陣を見るだけでも楽しそうな気がするじゃないですか。

 重量が重く、中身が濃い事請け合いの『メタポゾン』をぜひとも皆様お買い上げくださいませ。

雑誌の趣旨と掲載内容については公式サイトから引用させて頂きましょう。


雑誌『季刊 メタポゾン』第八号
12月28日発売。         

『季刊 メタポゾン』(責任編集・大西赤人 発行・株式会社メタポゾン 発売・有限会社寿郎社)は、デジタルメディアとりわけ電子書籍の普及が進む今日、あえて紙のメディアの存在意義を探ろうとする雑誌です。予約直接購読を主体に、地道に、しかし、他では読むことの出来ない作品を読者に提供して行きたいと考えています。

第八号(2012年12月28日発売 280ページ)の主な内容

巻頭エッセイ
 『ある会合の帰路』 荻上チキ

 『聖徳太子の呪縛』 浅田次郎

 ロングインタビュー
 『「ライン」から外れて闘う』 保坂展人

描き下ろし漫画
 『この世の果ての、最後の病院』原作・小路幸也 作画・小路啓之

連作評論
 『人類は、季節繁殖の夢を見るか?』 宮野由梨香

 『空気と実存』 石和義之

書評
 『「棄民」とは「想定外」の産物なのか?』 岡和田晃

新連載コラム『アウシュヴィッツの異邦人』
第一回「自由を求めた人々」中谷剛

新連載コラム『ああ わがテレビ』第一回「ドキュメンタリー誕生」渡辺考

小説
 『織る座』 馬塲言葉
 『黒塚』 川光俊哉
 『内側から』 岡倉大恭
 『危篤の報(前編)』大西赤人
 
連載小説『ベガーズバンケット』「 鍵のかかった聖堂~石垣の上を風が~カケラ地蔵」
連載エッセイ『集平のツイ』「ミゼリコルディアの鐘」長谷川集平

連載コラム『喰らうて思う』第四回「ラオスのオオトカゲ」 森枝卓士

連載エッセイ『モントレー便り』第三回「赤い大地の戦士」加藤喬

連載エッセイ『活動弁士 キネマを語る』片岡一郎

連載小説『石田荘《せきたそう》物語』第六回 小路幸也

連作掌編小説 『均された世界』 第八回 「灰色の雪」 北大路公子

連載漫画『サ・イ・バ・ラの季節』西原理恵子

ツイッター『北のつぶやき』佐々木譲    

連載聞き書き「映画よもやま話」第七回 「森の石松」

連載医療ルポ『「薬害」HIV感染を問い直す』第八回 出河雅彦

コラム『スポーツウォッチング』 谷口源太郎




メタポゾン 八号

 取り急ぎご報告でした。
スポンサーサイト
|01/09| 読書コメント(0)TB(0)
 以前もご紹介した『徳川夢声の小説と漫談これ一冊で』の感想をネットで発見しました。

 いいなぁ、こういう書評。興味が湧きますよ、これは。物事をケナすのが鋭い視点だと勘違いしてる御仁が(特にネット)では多いように見受けられます。でもこの感想はそんな事がない。こういう文章を書きたいものだ。

 ちなみにこの方の文体は昭和初期の小説やエッセイの影響が色濃く出ていてそれも楽しい。

ちなみにこのブログでも指摘され、解説でも絶賛されている『連鎖反応』、これはもう本当に傑作でして。ぞくりと黒光りする恐怖を感じさせる作品です。必読と申せましょう。『連鎖反応』は朗読したいな。どっか企画立ててくれないかな。売り込んでみようかな。

本書は版を重ねて売れ続ける本では無いでしょう。残念ながら。でも、読んで欲しいな。

今日は無声映画鑑賞会。明日は『夢』です。ご来場お待ちしております。
|11/25| 読書コメント(0)TB(0)
電気ブラン

 引き続き須藤真澄から何ほどか思い出しての文章であります。

 昨日のを御覧頂いた方はどう思われたでしょうか。冗漫な文ですね、我ながら。自分の好きをコントロールできないというのは、つまり私がまだまだ子供である証拠なのです。自我を制御出来ていないっちゅうことね。大人になりゃいいってもんでもないんですが、それでもねぇ。

 さてさて、写真は斯くほどまでに敬愛する須藤真澄先生の処女作『電気ブラン』です。(電気の気の字は本来旧字体ですが、表示できんとイカンので新字体にしてありますです)。ん~この本を手に入れるのは大変でした。あたくしが須藤真澄を好きになったのが本屋さんでたまたま手に取った『アクアリウム』がきっかけで、それから他の作品も探すようになって、当時は復刻前の『子午線を歩く人』『観光王国』なんかが手に入って、ますますハマっていったのですが初単行本の『電気ブラン』が本屋さんに置いてない。取り寄せようとしても版元品切れ、つまり事実上の絶版になっていて手に入れる事ができない。読めないとなりゃ、ますます読みたいってんで古本屋巡りが始まったのです。もともと古本屋さんは好きだったしね。

 今はホントに便利な時代になりました。古本はとりあえずインターネットで探せます。値段さえ気にしなければ大抵の本が手に入るようになりました。凄い事です。んでもね、そんなのここ10年の事ですよ。それまでは足と人脈、それしかなかったんですね。

 結論から言いますとね、2年近くかかりましたよ『電気ブラン』を手に入れるのに。場所は板橋区のとある古本屋でした。今でも見つけたときの感動を覚えています。思わず声が出ましたよ「あった!」ってね。入り口を入ってすぐ右手の本棚の右下でしたっけ。ちょっと珍しい漫画が固められているコーナーで、ジャンプコミックス最新刊しか読まないような方にはゴミ溜めみたいなコーナーですね。そこにひっそりとありました。本当に欲しい物があったとき最初にする事は手に取る事じゃないのね、先ず周りを見回すんです。他に狙ってる奴が居るに違いないと思うからでしょうか。犬猫もそうでしょ、何か食べる時に一瞬辺りを見ますよ、隙を衝かれちゃいけませんから。

 あの感覚、うん。

 息が詰まってね。恐るおそる手に取るんです。本当に本当かを確かめます。ぬか喜びだったらどうしようかとチョイ怯えながら。ここまでやってようやくレジに持っていきます。で、いそいそと帰って読むんですよ。素晴らしい漫画ですよ『電気ブラン』は。ただし見つけた感動が大きすぎて、読後の記憶は薄いのです。2年越しの片想いが叶ったんですから仕方ないっちゃ仕方ないんですが。それほど苦労した『電気ブラン』もいまでは復刻されて随分手に入れ易くなりました。旧版だってネットで検索すればあっという間に見つかります。

 試しに検索してみたら三件も見つかりました。値段も相応です。便利ですよ。でもこれでは、あの震えるような感動は味わえないんですね。残念ながら。苦労して入手した物の方が大事にしますよ。

 あの古本屋さん、まだあるかしら。もう何年も行ってません。今度行ってみっかね。その古本屋では吉田智恵男・著『もう一つの映画史 活弁の時代』も購入してます。こちらは大学時代に買った本で、その時には本当の価値が解りませんでした。懐かしい思い出であります。
 
 弁士になってみると必携の書なんですね。弁士としてこの本を持ってなきゃマズイぞ、という。
 
 そうだ、書いていて思い出した。古本といえば大学2年の時に伯父が亡くなったのよ。その伯父の告別式の帰りにお寺さんの近所に有った古本屋さんにフラッと入ったんです。するとそこには『圓生全集』別巻上中下の揃いが置いてあるではありませんか。その時はお金が無かったか、あるいは告別式の日に古本屋とは流石に不謹慎だと思ったのか、とにかく買いませんでした。たしか洋光台駅の近くの古本屋でした。そいで、それから半年してその古本屋に行ったんですね。有りましたよ『圓生全集』別巻上中下が、ナイロン紐で縛ったそのままの形で。値段は確か5000円だったと思います。特別高いって程じゃない。寂れたお店でしたね。都内だったら半年もこの本が残ってはいなかったでしょう。昼間なのにね、店内が暗いの。本を守ろうとして暗くしてるんじゃないの、絶対に。

 レジにお目当ての『圓生全集』を持って行きました。「この本を半年前に見て、今日買いに来たんですよ」と声をかけたら「それじゃ半年売れなかったってことだね」なんてましたっけ。

 そういう訳ですので欲しい物があったら出かける事、そして嬉しさの余り店員に話しかける事、この二点を実践してみて下さい。人生ほんの少し豊かになります。あ、骨董市でレコード漁りながら古道具屋の親父と話をするのもオツですよ。

 また今日も冗長な文章だなぁ…。
|11/03| 読書コメント(0)TB(0)
庭先案内 どんぐりくん

 あたくしの基本的な感覚というものは多分高校時代に形成されたのではないかと思っているのです。落語もそのとき出会ったし、読書を好むようになったのも高校時分だし、酒を嗜む様になったのも何だかんだいってそうだし、ヒネクレ者だったのは根っからですが、よりヒネクレたのは高校時代であります故、やっぱり思い返してみると高校時代は自分にとって大きかったなぁと思うのです。思うだけですが。

 そんな具合に思い返す高校時代に出会ったのが須藤真澄まんがでありまして、これは純粋にいまだに好きな漫画家さんであります。あの当時好きだった物が今でも好きと言うのは、とりもなおさずあの頃の自分と今の自分がまぎれも無く地続きであるのだと確認させてくれるのです。過去と今が繋がっていると認識するのは実はとても難しい事だと思っています。だってそうでしょ、今朝の私が昨日の私である保証なんてどこにも無いのです。人間を構成している物質の大部分は水ですが、その水だって2週間もあれば入れ替わってしまうのです。てことは2週間前の片岡一郎と11月2日の片岡一郎が同一人物であるとする根拠は薄弱であると考えてしまうのも無理からぬところがあるのです。きっと。

 我々は立ち位置を失っては生きていけません。ここにいれば自分が自分でいられる場所を恐るおそる薄氷を踏むような気持ちで確かめているのが我々の人生と言っても良い。一度権力を手にした人が容易にその椅子から降りられなくなってしまうのも畢竟、自己を確認する手段が失われてしまうのが恐ろしいからなんだと思います。

 てなことをグズグズ言うくらいですから、オイラは常に自分のアイデンティティを何処に確保するかで頭の中が一杯なのです。現在は活動写真弁士という仕事にその大部分を依拠しているような気がしているのですが、ときどき、いえ頻繁に不安になるのです。それは弁士という死ごとの不安定さが原因ではなくて、現在というものの不安定さが原因であると考えるべきでしょう。現在は常に過去に飲み込まれています。この瞬間も現在は絶え間なく過去になり、未来であったはずの時間も現在という刹那を経てあっという間に過去になってしまう…。いささか認識がロマンティック過ぎますが、まあでも現象としては実際に起こっているんだから仕方ないんだ、うん。てことは、その仕方ない事実を考えると、我々は立脚点を過去に求める必要が出てくるのです。(論理が飛びましたね。いいんです、この中間をやると文章がとんでもなくながくなる)過去を振り返る、なんていうとネガティブなイメージが付きまといますが、決してそんな事はないのです。過去からしか人間は自己を認識できやしないのですから。

 山登りでもマラソンでもいいのですが、大概目的地に到着するまでの間に目印が幾つもあります。何キロ地点だとか、何合目だとか。他人が作った物でなくたって長い距離を歩けば、その人毎に目印や記憶に強く残る地点があるだろうと思うのです。逆に言えばそれらの地点=ポイントを繋ぐ形で記憶は形成されているんであって、それまでの道にあった物や事をまんべんなく憶えている人はまずいません。これは生きていても同じような事で、いくつかのポイントを自分で刻んで、そのポイントを繋ぎ合わせて自己の確認をしている訳です。

 んで(長かった)アタイにとってポイントと言えるものの一つが須藤作品なんですね。この方の描く世界は独特です。物語が独特ですし、絵も独特。須藤真澄先生の絵は「一点鎖線」なんて言われてます線がね・-・-・-←こういう風にツーテンツーテンしてるのです。誰が見ても須藤真澄の絵だと判るんです。でも特徴的なだけでは無くて、基本がちゃんとできた上での特徴であり個性なのです。そういうのが好きなのね。今は個性が尊ばれる時代です。学校に行きゃあ「個性を大事にしましょう」ってやたらに言ってます。でも個性って何なんだと。そんな事の前に教える事がある気がするのです。個性なんて放っといたって芽生えるんです。大事にするのと野放しが混同されてますやね。芸人だってね、キャラだの何だのってのが多くてさ。個性の前にする事あんでしょと思わんでもないのです。いえ、良いんですよ、個性で押していっても。ただ自分は基本が出来た上での個性がある人が好きなのです。では、基本ってなんだって事になると、こりゃまた難しい問題でありますがね。その話はまたいずれ。

 とまぁ。こんな事を考える一つの基点が須藤真澄作品なのですよって話。早い話がファンなのです。漫画が好きで須藤真澄を読んだことのない方は是非読んでみて頂きたいと思います。漫画喫茶には置いてないので自分で買って読むよろし。自分で時間とお金を割くって大事よ。きちんとお金を払って買った本の内容の方が覚えてるもの。映画もそうで映画館で見た映画の方がビデオで観た映画よりも憶えてますよ。昨日、ドリュー・バリモアの話になってね、作品リストを見るまで『エバー・アフター』を観た事忘れてたものなぁ。悪くない映画だったのに。

 ウチには須藤先生のサイン本が有ります。このサイン会にもエピソードがありまして、須藤先生はファンの為に一人ひとり違った絵を描いてくれるのです。自分の名前だけだって誰も文句を言いやしないのに。ファンにとっては素敵な方です。もっとのサイン会を主催している本屋さんにとってはいつまで経ってもサイン会が終わらないわけですから、本屋さん自体が須藤ファンでないとチトきつかったりもしますけど。
|11/02| 読書コメント(0)TB(0)
大人の科学 VOL.15

先月末にでた雑誌です。ちょいと紹介。

 「大人の科学マガジン」の15号です。大人の科学で一番注目を集めたのは自宅でプラネタリウムが造れるキットが付いていた号でしょう。早い話が少しお金に余裕の出てきた層に対して売っている学研や進研ゼミとでも表現すれば解りいいかもしれません。発売元は学研なのでこれまで培ってきたノウハウを生かすにはもってこいの企画ですね。

 15号は、ぬぁんと紙フィルム映写機が造れてしまいます。一般にフィルムといえば半透明の誰もが思い浮かべるアレを指します。ところがかつて日本では紙製のフィルムが家庭用に販売されていたのです。紙ですから当然、光は透過しないのです。そこで紙に光を反射させて映像を投影する仕組みなのが紙フィルムでした。このフィルムの凄いところはなんとカラーの映像だったという点です。光量は弱い為劇場では使えなくとも家庭ならカラーの映像が楽しめたのです。昔の日本は。

 そんな映画関係者でも存在をあまり知らない紙フィルムを復刻させるとは学研の英断と言わざるを得ず、真に快挙でありまして、活動写真に関わる人間は皆でこの号を買って売り上げに貢献すべきだろうと思っておりますが、いかがかな皆の衆。

 この号には、実はある活動写真弁士が紹介されています。彼の名前を小崎泰嗣さんと言って、私の得がたい友人なのであります。友人だとはこっちが勝手に思っているだけで、小崎さんはどう思ってるか…。でも素敵な方です。いつか仕事を一緒にしたいと願っているのです。誰か企画してくれればいいのですが。

 小崎さんは活動写真弁士でありますが、そんじょそこらのベンシではありません。アタシ如きとは格が違う。何しろ手廻し映写機を自分で廻しながら玩具フィルムに語りを付ける、しかも伴奏音楽はSPレコードをその場でかけるという、奇跡のような存在なのです。こんな人がアタシと同年輩なのです。世界は広い。

 しかも小崎さんと共にカイロプティック商会を組織し活動されている松本夏樹先生という方が、輪をかけて凄いのです。松本先生は大阪芸術大学・武蔵野美術大学の非常勤講師をされていて、十代の頃からン十年玩具フィルムを収集し続けている、国内屈指のフィルムコレクターなのです。先生のコレクションには日本最古のアニメフィルム『活動写真』も含まれます。

 アタシはこの『活動写真』の上映を観てます。自慢なのです。

 玩具フィルムってなんじゃらホイという方の為に、簡単に説明しますと、当時、お金持ちをターゲットにして家庭用の小型映写機が発売されておりまして、その小型映写機用に様々なフィルムも発売されていたのです。これが玩具フィルムです。内容はといえばオリジナルのアニメもありましたし、劇場で上映された作品のハイライトシーンを部分的に複製して発売したものもあります。当時はこうしたフィルムと映写機を使って活動写真ごっこがなされていたのです。映画が必ずしも映画館のみで供給されていた訳では無いのだと言う事を我々は抑えておく必要があります。さらにこうした玩具フィルムの貴重な点は、本体の映画が失われてしまって、玩具フィルムにおいてのみ観ることのできる作品が少なからず日本映画には存在するという事です。日本映画の残存率の低さは度々取り上げていますし、これからも書くでしょうが、壊滅的とも思える日本無声映画の映像を僅かながら玩具フィルムは今日に届けているのです。玩具フィルムとはそうしたモノなのです。いずれもっと詳しく書こう。今決めた。

 とまあ、かくも貴重なコレクションを有している松本先生と小崎さんが組んで玩具フィルムや幻燈を中心にして上演活動をされている事は、私はとても嬉しく、また今後、活動写真に対して注目を集める際にきっと必要な存在になるであろうと確信している次第。

 それはともかく、是非「大人の科学」を買って紙フィルムを上映してみる事です。弁士にかぎらず多くの人が、です。映画がこんなにも一般的な娯楽なのに、映画ってどうして動くのか、構造を理解している人は少ないと思います。しかもこれからはフィルムでなく、デジタルデータで映画が配給される時代になって行きます。ますます我々は映画の仕組みから遠ざかってしまうのです。それはチト寂しい事ではないでしょうか。

 微力ですが小崎さんのHP「たいじこざき」のご紹介http://www.kozakitaiji.com/

 弁士列伝の現代篇もやろうか…、よそうネ、色々カドが立つといけないもの。

 でも誰かがきちんと現役弁士全員に聞き取りをしておくべきだとは思います。それはアタシでは出来ない事なのです。片岡一郎は現役弁士の連絡先をほぼ全て知ってますが、いろいろとしがらみがあるのです。おおっぴらには出来ないし、したくない存在も居る。だから、誰かが全員にやって欲しい。現役弁士に聞き取りがしたい人は手伝ってあげる。
|05/09| 読書コメント(0)TB(0)