玉川奈々福 名披露目興行

 玉川美穂子改メ玉川奈々福さんの名披露目興行にお邪魔して参りました。公演のリスト制作みたいなのは好きではないのですが、一応書いておきますと…

 柳家小権太 のめる
 国本武春  紺屋高尾
 玉川奈々福 小田原の猫餅

でした。

 奈々福さんとアタイは実は長く細いお付き合いでして、初めてお会いしたのは、左様さあれは何年前のことぢゃったか。正確には言えません、言えませんというか正確に思い出せないだけですが、ともかく大分前、場所は阿佐ヶ谷で御座んしたっけ。あの時ご一緒した方々も色々ですわね、懐かしい。

 活動写真弁士は芸人であり、映画人であり、状況によってはタレント、声優、ナレーター、司会等々、何にでも化けます。何でもやれる代わりに何でも無い。これがある種の悩みであります。そんな事で悩んでるのは俺だけかも知れんけど。でも比較的ツテが出来れば何処でも活動が出来るので人脈も意外に広がります。それ故に、どんな方向に人脈が広がるかは、ひとえに本人の活動次第となる訳です。演芸ファンのアタシは広がる人脈が落語・講談・浪曲、そんなんばっかです。同じ弁士でも坂本氏なぞはもう少しお笑い寄りの人脈が強いでしょうし、バニラなぞは当然声優方面が強いんではないのかしら。よく解りませんが。

 つまり人脈なんてのは誰と出会えるかではなくて、誰と会いたいかで決まってくるモンなんでしょうね。アタシは会いたい人と会えてます。高校生の頃から見たら夢のようです。有難や、有難や。

 今、奈々福さんの事を調べると漏れなく付いてくる話題があります。芸人として感じる部分もあるのでアタシも触れます。

 それは奈々福さんのお師匠様、浪界の第一人者玉川福太郎師匠が先頃お亡くなりになられた件です。こうした事の後の仕事というのは観客はどうしても色んな事を考えてしまいます。当然、演者本人だって考えてしまいます。でもやっぱり一回の高座、一回の舞台はやっぱり一回なのですね。だから気丈とかそういう表現は使いたくないな、と思っちまう訳ですよ。これも自分と相手の距離感によって、いかようにでも変わる感覚ですけれど。

 小田原の猫餅楽しく拝聴しました。そんだけでいいかなと思います。今は、今はね。

 アタシは澤登翠の弟子ですが、多分アタシよりは先に師匠が亡くなります。その時は弁士界はどうなるんでしょうか。思うところは多々あります。もっとも師匠の方がアタシより長く生きる可能性も捨てきれないところがありまして、それもまた楽しいのですが。

 この日は打ち上げにまでズウズウしく参加させて頂きました。小権太さんも日芸だそうです。武春師匠のお隣に座らせて頂きました。人の縁の面白さですね。
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|05/31| 舞台コメント(0)TB(0)
無声映画鑑賞会でした。この日のサブタイトルは「無声映画に観るパリの情景!」と言う事で上映2作品はどちらもパリが舞台になっています。上映作品は
『パッション』1919年ドイツ作品
       監督/エルンスト・ルビッチ
       主演/ポーラ・ネグリ、エミール・ヤニングス
       説明/澤登翠
『眠るパリ』 1923年フランス作品
       監督/ルネ・クレール
       主演/アンリ・ロラン
       説明/桜井麻美
でした。パリが舞台というテーマですが、監督もルネ・クレールとエルンスト・ルビッチですから、それだけでもとても魅力的なプログラムだったと思います。

『眠るパリ』はルネ・クレールの初監督作品ですが、ナンセンスSFとでも言いたくなる様な独特の世界感は、処女作にして既に大監督の片鱗を見せているなと感心してしまいます。

『パッション』は、それまで小規模な喜劇作品で評価されてきたルビッチ監督が初めて挑んだ歴史大作です。喜劇作家が売れてきて歴史大作に手を出すと失敗してしまう事がよくありますが、ルビッチ監督はこの作品で手馴れた貫禄のような物すら感じさせます。本当に凄い監督なのだと改めて思いました。輝くような才能を感じます。

実は私は行定監督の『春の雪』で『パッション』の冒頭を語っているのですが、もっと芸を磨いて、歴史を学び、人間を描く力をつけて、この作品全篇に挑戦してみたいと思いました。
|05/30| 活弁コメント(0)TB(0)
更新しないとアクセスがあっさり減ります。テキメンという奴ですな。更新をチェックしている物好き有難い方が居るという事なのですね。ありがたやまで御座んす。テキメンとイケメンは何やら似ておりますが関係はないのです。

 過日、貴重な仲間の坂本氏と酒色、いや酒食を共にしました。彼は私のこのようなブログなんぞに意見を言ってくれる、とても心根の優しい人でゴザイマス。幾つか注意を貰ったのですが、曰く、ここの文章は書き手のネガティヴな内面がダダ漏れているので、片岡一郎という芸人がひどく使い辛い奴に見えてしまうから気をつけるほうが良い、とのご意見でした。

 イヤハヤ、反論の余地も御座りませんで今後はなるべく前向きな記述を心掛けようと思った次第。もうネガティブな事は書かない。書かないんじゃないかな。多分書かないと思う。ま、ちょっとは覚悟しておけ。

 とはいえアタクシの内面から汲めども尽きせぬ如く溢れてくる寂感は、これ致し方ないものなのですね。ただ、ここは言葉遊びの場でも同時にありますから、前向きな文章というのも研究してみようと思います。とりあえず、先週末の柳下さん関係は前向き日記(略して前む記)で書こうと思っている次第。こういう意識が折角の忠告を小馬鹿にしているようで申し訳ないのですが、オイラの照れなので勘弁してくだされ。坂本氏からは「日本一コメントのし辛いブログ」の称号も頂きました。でも彼の事ですから、その上に「世界一コメントのし辛いブログ」なんというのも有るに違いないのです。

 まあ、絡み辛いブログを探すというのは楽しいかもしれません。ともあれ、ポジティヴにポジティヴに。

 いや、こんな感じで書こうというプランはあるのです。さて、どうなりますやら、イヒヒ…。
|05/29| もやもやコメント(0)TB(0)
ヤナシタミエの映画時間inいちかわ

いろんな意味で昨日から引き続いての更新です。

昨日は受賞記念イベントだったのですが、今日は本来の公演です。題して「ヤナシタミエの映画時間」。無声映画伴奏者の柳下美恵さんとは私達も共演させていただく事も多いのですが、柳下さんは映画と伴奏というフィルムコンサート形式の上映会も意欲的に開いてらっしゃいます。無声映画に音楽を付ける活動をされている方は何人もいらっしゃいますが、柳下さんほど自ら会を企画し、サイレント映画の素晴らしさを多くの人に知って貰おうと努力されている方は居ないのではないでしょうか。本当に頭が下がる思いです。

上映作品は『熱砂の舞』でした。主演のルドルフ・ヴァレンチノは絶世の美男スターとして当時の日本人女性の大いに熱を上げたんだとか。そのかわり男性はあまり彼を好かなかったようなのですが、今見ても感じられる独特の色気を思えば、それも仕方の無い事かもしれません。

音楽はピアノが柳下美恵さん、ギターが小沢あきさん、カヴァル・ネイが石田秀幸さんでした。演奏者の皆さんの息がぴったりあってというのではなく、映画を軸にして三つの楽器が素敵な化学反応を起こして、とても感動的な映画時間を過ごす事ができました。

私はまだ『熱砂の舞』を語った事が無いのですが、何度も見ていて好きな作品です。いずれ機会を見つけて是非語ってみたいと思いました。そのとき今日の音楽だったら、何て思ってしまいます。

「ヤナシタミエの映画時間」次回公演は6月14日です。興味のある方は是非いらして下さい。詳細はコチラですhttp://n-a.sakura.ne.jp/retoro/
|05/27| 舞台コメント(0)TB(0)
前向きなる文章にすべしと未来(29日)の自分が言っております。なのでしてみましょう。やって出来ない事もあンめぇ。

えー、オホン。口調を改めます。本日は晴天なり晴天なり。よし、では…。

この日は、お世話になっている柳下美恵さんの日本映画ペンクラブ奨励賞の受賞記念イベントでした。会場はいちかわ西洋館倶楽部、大正時代に建設され現在では有形指定文化財にも指定されている、雰囲気のあるとても素敵な空間で、活動写真がとても引き立つんです。館主の渡辺さんは柳下さんの今回の受賞をうけて今日のイベントを御提案下さったそうです。こうして活動写真に理解を示して下さる方が増えてきているような気がしています。私も活動写真の輪を広げていける様に一歩づつでも進んで行こうと思いました。

もちろん当日は内容盛り沢山で、皆さん盛り上がりました。まずは主役の柳下さんによるピアノ演奏、続いてピアノ柳下美恵、弁士澤登翠でドイツ表現主義作品『ゲニーネ』の上演、さらに森谷・田中両先生にお言葉を頂いて乾杯でした。この後、私が僭越ながら書生節を披露させていただいたのですが、未熟さを痛感しました。でも良いお客様に恵まれて明るく楽しい雰囲気で歌う事ができました。続いてヴェクサシオンさんの映像と朗読・演奏、そして活動倶楽部の神林さん秘蔵の貴重なガルボの映像を見て、最後に柳下さんのピアノと桜井さんの朗読というプログラムでした。

これだけの内容がすぐに集まってしまうのも、やはり柳下さんのお人柄とこれまでの地道な活動があるからに違いありません。また私自身もこの日は色々な出会いがあり、とても刺激になりました。

弁士と無声映画伴奏者、お互いにいい影響を与え合えるような状況にしていけたら、と思いました。その為には自分をもっと磨かなければなりませんね。頑張ります。

お恥ずかしいのですが、当日の私の写真を載せます。なにしろ前む記ですから。

 書生節inいちかわ西洋館

|05/26| 活動コメント(0)TB(0)
お早よう

 小津作品です。ご存知ですね。1959年・松竹です。今まで未見でしたが、ようやく見ました。なぜかと申さば此の所オナラがよく出るのです、アタクシ。尾籠な話ですが仕方御座んせん。出るものは出るのです。所嫌わずと申しますが、出す側はそうも言ってられないので所を考えるのです。

 そんなこんなでオナラですが、オナラのギャグは幾らもありますね。大体、子供はオナラが大好きです。オナラという言葉でもう大笑いです。落語にも四宿の屁なんという噺がある位で、やっぱりオナラは可笑しいものらしい。ワリに圓生師匠が好んで屁の噺はされていたんでようか。実際に圓生師匠の高座に触れた訳ではないので何も言えませんが、四宿の屁の録音を残してるのは圓生師匠ですし「おう、屁が出て行くぞ」ってのは楽しそうに喋ってらっしゃいますよね圓生師匠。ウケると判断してのオナラの噺だったのか、自分が好きだったのかは分りません。第一、インタビューでも「師匠はオナラが好きなんですか?」とは聞けないでしょうから真相は闇の中です。どうでもいいっちゃいいんですけど。

 人間は関心のあることには多くの言葉を発明するというのは一般的に認識されている事であります。例えば雪国では雪や寒さの種類に関しての単語が多く、暑い国では逆に暑さに対しての表現が多い。そして万国共通で女性器を表現する言葉は多種多様です。調べると面白いよ。で、オナラですが、やっぱり豊かな表現を持っています。へっぴり腰と言いますね。だとすると屁はひるものかと思うと、屁っこき虫なんていいます。とすれば屁はこくものだと思いきや、すかしっ屁なんて言葉もあります。まあ、これは透かすんでしょうが。あとはヘタレなんてのもあります。屁は垂れるものでもあるらしいのです。話題の中心がオナラですから何となく汚らしく感じるかもしれませんが、これが粉雪、綿雪、牡丹雪とくれば奇麗に感じてしまいます。でも本質は同じ事です。ついでに類語辞典を引いてみますと泄気、漏気なんという表現も出てきます。地方にいけばまだまだあるでしょう。豊かな文化ではありませんか。

 なので私も今後オナラをする時には今のはコイたとか、今のはヒッた、などと楽しんでみたいと思うのです。

 もしかすると、それはとても大事な事かもしれません。だってね、小津作品は膨大な量の評論、感想といった言説に晒されています。中にはこんなに深読みしちゃうの?と驚くばかりの評論もありまして、それは小津作品が評論家の何かを刺激する部分が大いに有るという事でもあるでしょうし、逆に小津について書くときには何かを感じなければならない、という半ば強迫観念じみた認識がある故かも知れませんが、ともかく小津について書かれた、あるいは語られた言葉はもンの凄い量で、その中で私が触れた言葉など砂漠の砂粒程度なのですが、少なくとも評者が身体性を通して小津作品を理解しようと試みているものは無かったように思います。

 表現が堅苦しいですが、ぶっちゃけて言っちゃうとですな『お早よう』について書いている人の中にオナラを出す努力をした人は居ないっちゅうことです。実際に軽石を粉にして2~3日でも飲んだ人は居ないんじゃないでしょうか。そりゃ、おでこを押したってオナラがでる訳はないのだけど、でもそれを試してみる事で得られる事もあるのではないでしょうか。少なくともチャンバラを理解する為に人を斬るよりは試し易いのだし、誰かやってみたら如何?あとは何日か喋らないとかさ。

 テレビ買っとくれよぉ。
|05/25| 活動コメント(0)TB(0)
 携帯パソコン問わず迷惑メールは頻繁に送られてきます。そのうちの一つを転載。卑猥な文章ですので、不快な方は読まれぬがよろしい。

毎日患者さんのオマン○を弄っています。
百人十色のオマン○を観てください。
写真で写すと音でばれるので、デジカムで隠し撮りしています。

tp://www.pryied.com/?bc=fishgirl&me=4uFfdwo/4Pe3VvpV__mm6NChD59035
18未満の方は刺激が強いので観ないでね!!



 百人十色って少ねぇよなぁ…。

 アタシはこのテのジャンクメールが嫌いではありません。新しい手口というか切り口で誘ってくると楽しくなります。この間は、今度AVにデビューする娘から「私の画像見てください」ってのがありました。色々考えるものだと思います。なので一番イライラするのが毎日同じ文面で送ってくるヤツであります。この一月位、週に3度は熟女が寂しがって会いたいと言ってきます。アタシは会いたくありません。

 詐欺、つまり人からお金を騙し取ろうとするにはあの手この手と考えねばなりません。以前、私の所に届いたDMには

 おめでとうございます!あなたに500万円かアウディの新車、どちらか好きな方が手に入る権利が当選しました!

 と書いてありました。500万かアウディを貰う為には先方に連絡をしなければナランのですが、これ、何人に一人引っかかると儲かるんでしょうか。その話は当事者に聴いてみたいと思うのですが、残念ながら知り合いにそっち方面の方がいません。それから架空請求の警告書も届いた事があります。アタシがアダルトサイトに加入してお金を払ってないのだそうです。厚生省の認可を受けた(と主張する)債権団体からの警告書でした。あんまり嬉しかったので、その警告書は大事に取って置いたのですが、大事にしすぎて無くしました。出てきたら画像を載せよう。

 それからオレオレも我が家には3回電話が掛かってきました。3回ともアタシからでした…。

 そのうちの一回はアタシが電話に出ました。どんな内容だったかというと・・・
|05/23| もやもやコメント(0)TB(0)
 いまやラーメンは国民食と言っても良いほど日本人の口に馴染んだ食べ物です。なので町にはラーメン屋が溢れ、ラーメン激戦区と呼ばれる地域も多々有ります。そんな中でお客さんを呼ぶにはどうすればいいのか。流行っている店にはそれなりの理由がある訳で、美味かったり、店主の人柄が興味深かったり、イロイロでしょう。中には日本一不味いラーメン屋で人気の店もあるそうです。実際に食べてみると日本一不味くはないのだが、美味くはない。でも、折角不味いラーメンを食べるなら一番不味いところで食べたいという欲求を取り込んでそこそこ繁盛しているのだそうです。どこのラーメン屋かは知りません。聞いた話です。もしかしたら都市伝説かも知れない。

 事程左様に我々には怖い物見たさという、やっかいな性癖が多かれ少なかれあります。自身の安全が確保されているのが前提なのですが、それさえ確認できれば人は苦痛を快感と感じてしまうのです。

 いえね、エンタの神様って番組あるじゃないですか。アレ、意識的には見ないのですが、やってれば見てしまうのです。で、必ず後悔するのです。虚無感にさいなまれるのです。なら見なきゃいいのですが、見てしまうのは、きっと日本一不味いラーメン屋に行く心理と同じなのかしらん、と思った次第。

 以上のような論脈は事前に考えていたのですが、文章は書きながら出てくるものを採用しています。この方法は、稀に自分でも考えていなかった単語が現れて楽しいのです。言葉と戯れている感じでしょうか。今回突如として出現した単語には「都市伝説」があります。一頃流行りました、都市伝説。有名なものはピアスの穴を開けようとしたら、耳たぶから白い糸のようなモノが出てきて、抜いたら失明した、というやつ。あるいは人面犬、ミミズバーガーってのもありました。アメリカの電子レンジで猫だか犬だかを乾かそうとした話も都市伝説だそうですよ。

 クロアチアの話にいつまでたってもなりません。喋りより文章が饒舌なのは弁士として非常に問題なような気がしますが、ま、いいでしょう。

 で、都市伝説ですが、よく言われるのがガス抜きだという説ですね。都市という空間は非常に管理された世界ですから気がつくと人生そのものがルーティンワークになってしまう。それでも生きていく事は出来ますが、人間生きてりゃいいってもんではない。同じ事の繰り返しはフラストレーションがどうしても溜まってしまいます。そこで都市伝説、これは怪談とか奇談と言い換えても良いかもしれませんが、とにかくそれら奇妙な話が流行る事で適度な異常が日常に入り込んでくる。しかし実際は犬に人の顔が付いていて、高速道路を婆ァと一緒に走ったり、話しかけると「放っといてくれよ」といったり、」ましてや宇宙人の飼い犬だったりなんかしないのです。実際に宇宙人や妖怪が居るかどうかは別問題として凡人たる我々が知覚しうる怪異など、そうは無いのです。その証拠に人面犬は発見されずにいるのに、人の顔らしきものが見える鯉は発見されて話題になりました。大きくなりすぎた都市伝説は見事に人面魚という着地点を見つけて収束していったのです。

 実はですね、アタクシが参加するのはクロアチア映画祭ではなかったのです。いや、参加はします。都市伝説ではありません。

 
|05/22| もやもやコメント(0)TB(0)
アンノウンチャップリン

 吾輩は活動写真弁士であるからして、適度に無声映画について記す必要があろうかと思う。何を取り上げようかとしばし懊悩したが、やはりここはチャプリン氏に御登場願うことにした。チャプリン氏は無声映画中最大の名士であるからして、皆もいつもの片岡の文章と侮って読むのではなく、意義を正して読まれたい。

 起ィ立っ。気ヲつけ。礼!

 ふむ、座ってよろしい。

 さて、諸君もかの偉大なる俳優、チャプリン氏は知っていると思う。世界一有名な氏であるから、手紙に住所を書かず、ちょび髭と帽子、ステッキを書いたらその手紙が届いたというエピソードもあるくらいである。本当かどうかは知らんが、こんな話に幾らかの信憑性が生じるほど氏は著名であり、イメェジが浸透していたと言う事である。では、誰もが知っているチャプリン氏を我々は本当に知っていると言えるのか。さあ、諸君、考えてみてくれたまえ。

 ここに3本のビデヲテェプがある。タイトルは『Unknown Chaplin』。現在ではでーぶいでーでも出ているそうだから未見の者は早急に確認するように。この作品は氏の膨大なNGテイクとジャッキー・クーガン氏、ジョージア・ヘイル婦人、ヴァージニア・チェリル婦人等のコメント、あるいはホォム・ムービィで知られざるチャプリン氏に迫ろうという代労作なのである。この作品が取り上げられる時、必ず言われるのが氏の狂人的なまでのこだわりである。非常に良くできた滑稽なる場面も、作品にとって不要と判断すれば容赦なく不採用としてしまう姿勢に多くの観客は畏敬の念すら覚えるものだ。

 しかしながら、活動写真弁士たる吾輩、そしてそれを目指す諸君は違った目で、この作品を捉える必要性がある。それは何かわかるかね?

 S君、答えてみたまえ。なに?解りません。イカンね。不勉強で。では仕方がない。我々弁士が見なければならない点、それは…。

 ん?休憩時間の鐘が鳴っているな。では続きは後ほど。
|05/21| 活弁コメント(0)TB(0)
 アテネ・フランセで無声映画を観ております

 どうして無声映画って眠くなるんでしょう
 
 駄目か?
   弁士として

 でも暗くて
   静かで
     適温なら
       眠くなりますよ

 人間だもの

 夜はチト不眠気味のアタシですら眠くなります

 今日も行きます
   アテネ・フランセ

 あなたもどうぞ

 無声映画を観ながら寝ると
   実に面白い夢が見られるのです

 どんな夢か
   詳しくは後日

 今日は昼過ぎからお仕事です
 
 事務所って凄いっすね

 終わってからアテネ・フランセです

 では…

 
 散文チックに書いてみました。いかが?
 
 今朝は心が比較的穏やかです。文面にも出ています。いい事ありました?あったような、なかったような…。
|05/19| 活動コメント(0)TB(0)
 マッチが20年ぶりにオリコン1位だそうですよ。どんな気持ちでしょうか、20年ぶりの1位は。アタイは30年近い人生の様々なランキングの中で1位の経験が無いので予想もつきません。どんな良くても2位、がアタイの今までの人生でした。

 1位の人は職業に活動写真弁士を選ばないような気もします。1位の人はどんな仕事につくのでしょう?でんつーとかですか?偏見ですね、きっと。でも金払いよかったなぁ、でんつー。

 いいの、弁士で1位目指すから、僕。

 えぇ、んまぁ、そんな訳で、とても、とおっても文句を垂れたい事もあるのですが、以前ここで書いた事でもあるし、イメージの問題もあるので垂れません。垂れるのはトーストのハチミツだけにしときましょう。加糖されてない奴でお願いね。
|05/16| もやもやコメント(0)TB(0)
狂った一頁

 あ~嘘が吐きたい。この一週間ばかりそう思うのです。なぜか?良く解りません。肩凝りが酷い所為かもしれません。

 ンで、ご報告です。安部麻美がギャルルに…。いいんじゃないでしょうか、ええ。嫌いじゃないですよ安部麻美。どっちかてぇと好き。ま、いいか。

 外で雷が鳴っています。一雨来そうです。

 さて、本題を申し上げすと、アタクシ、よその国で弁士を努めさせて頂く事となりました。クロアチア映画祭です。クロアチアで弁士を演る訳です。多分ね。

 クロアチアってどんな国?皆に聞かれます。我々日本人はクロアチアという国を良く知りません。多くの日本人が知ってるのはサッカーとミルコ・クロコップだけでしょう。男がやたらいかついイメージですね。実際はどうか知りません。勉強せねばなりません。がしかし、珍しい映画を求めて中国映画を掘り出しているアタクシがクロアチアです。いい取り合わせぢゃないですか。アメリカでもなく、フランスでもないクロアチア、よござんすね。

 演目は『狂った一頁』です。これまた、いやまったく。高校時代に演劇部で寺山作品をやってきたオイラにゃ何とも懐かしい世界です。あの当時はアバンギャルドを解ったフリしていましたが、今は僕も大人なので解ったフリは致しません。解らない事を前提に台本を構築していく所存であります。解りゃしないのです、演じている側も見ている側も。それを解ろうとするから解らなくなるのです。この文章が解らん?こりゃ失礼。

 詳細は良く解ってないのですが、衣笠監督の特集らしいです。日程は7月26日。ピアノ演奏と共演です。奏者は先日のワイルダー作品でご一緒させていただいたゲルハルト・グルーバー氏です。お近くの方は是非いらしてください、クロアチアまで。

 ちゅうか宣伝にご協力下さい。さすがに各種媒体に売り込まないといけません。なんとかして弁士の認知度を上げないと。広野さんとバニラしか知らない、つまりテレビが唯一の情報源の方が書いたブログで「ああいう声じゃないと活弁士にはなれないのかな?」と言う文章がありました。いささかならずショックな記述です。活弁士という表記にはこの際目をつぶりましょう。にしても、ああいう声に限定された弁士のイメージはちと、ね。彼らが売れることは歓迎すべきだと思っていますが、ああいう声だけだと思われるのはよろしくない。彼らにとっても旨くないでしょう。んなこたねぇか?

 だが、他の弁士諸君、あるいは他の弁士ファンの方、いかが思われるかね。やっぱり考えないとアカンですわ。ああいう声でない弁士も世に出んと。車の両輪の内、片方だけがフル回転しているようなモノです。

 アタクシの弁士としての目標は、弁士が10人食える世の中にすることなのです。そのためには世間に弁士の存在をアピールして、詰まらんいさかいを失くさなければならんのです。10人は絶対に食えるよ。確信してるのです。だからさぁ、ちゃんとしようよ。ね?

 雨が降ってきました。雷も盛んに鳴っています。出かけねばならないのに。やれやれ。『陽気な巴里っ子』を観てきます。
|05/15| 活弁コメント(0)TB(0)
 反省致します。ええ、人間は反省しなければなりません。特にアタクシは何か書くと必ず誰かにつっかかる悪癖があります。反省をしなければなりンせん。

 反省といえば、サルでも出来るというフレーズが一世を風靡したのが思い出されます。アタクシがするのも、その反省です。サルでも出来る位の反省ですから、万物の霊長たる人間様なら誰でも反省しているのかと思えばアニハカランヤ、図っているのは弟ばかりでありまして、反省してない人間の多いことったらありません。どちらかといえば反省しない奴の方がえばってたりなんかして、アタクシなんぞはひっくり返って座りションベンして馬鹿になる事13回に及びます。

 つっかかってはいけません。南無阿弥陀仏。とにかく反省々々。
|05/13| もやもやコメント(0)TB(0)
 調べ物をしています。掴んだ情報のウラが取れません。生駒雷遊がキリン館に居たという確証が得られずに困っています。誰か資料もってない?大正2年10月から同3年6月位に居た可能性があるのです。そのときは雷遊ではなく雷蹊と言う名前でした。誰か助けて。さもなきゃオイラの代わりに国会図書館行ってきて。

 無駄を承知で書いてます。弁士列伝サボッてないというアピール。
|05/12| もやもやコメント(0)TB(0)
 言いたい内容があって

 文章を書きたいという欲求もある

 発想を頭の中で纏めて再構築する元気が無く

 ましてや誰とも知れぬ人達に発表する意欲がとんと湧かぬ

 ……

 たかがブログと言っても様々な意識が合わさって書かれているものです。

 熱意が無きゃ無いで、その程度の発見はあるものです。

 にしても、五月病だとか、暑い、寒い、雨が降ってる、風が強い等々、季節の変化がはっきり起こる日本は意欲が湧かない時の言い訳に事欠きません。いい国だ、にっぽん。
|05/11| もやもやコメント(0)TB(0)
大人の科学 VOL.15

先月末にでた雑誌です。ちょいと紹介。

 「大人の科学マガジン」の15号です。大人の科学で一番注目を集めたのは自宅でプラネタリウムが造れるキットが付いていた号でしょう。早い話が少しお金に余裕の出てきた層に対して売っている学研や進研ゼミとでも表現すれば解りいいかもしれません。発売元は学研なのでこれまで培ってきたノウハウを生かすにはもってこいの企画ですね。

 15号は、ぬぁんと紙フィルム映写機が造れてしまいます。一般にフィルムといえば半透明の誰もが思い浮かべるアレを指します。ところがかつて日本では紙製のフィルムが家庭用に販売されていたのです。紙ですから当然、光は透過しないのです。そこで紙に光を反射させて映像を投影する仕組みなのが紙フィルムでした。このフィルムの凄いところはなんとカラーの映像だったという点です。光量は弱い為劇場では使えなくとも家庭ならカラーの映像が楽しめたのです。昔の日本は。

 そんな映画関係者でも存在をあまり知らない紙フィルムを復刻させるとは学研の英断と言わざるを得ず、真に快挙でありまして、活動写真に関わる人間は皆でこの号を買って売り上げに貢献すべきだろうと思っておりますが、いかがかな皆の衆。

 この号には、実はある活動写真弁士が紹介されています。彼の名前を小崎泰嗣さんと言って、私の得がたい友人なのであります。友人だとはこっちが勝手に思っているだけで、小崎さんはどう思ってるか…。でも素敵な方です。いつか仕事を一緒にしたいと願っているのです。誰か企画してくれればいいのですが。

 小崎さんは活動写真弁士でありますが、そんじょそこらのベンシではありません。アタシ如きとは格が違う。何しろ手廻し映写機を自分で廻しながら玩具フィルムに語りを付ける、しかも伴奏音楽はSPレコードをその場でかけるという、奇跡のような存在なのです。こんな人がアタシと同年輩なのです。世界は広い。

 しかも小崎さんと共にカイロプティック商会を組織し活動されている松本夏樹先生という方が、輪をかけて凄いのです。松本先生は大阪芸術大学・武蔵野美術大学の非常勤講師をされていて、十代の頃からン十年玩具フィルムを収集し続けている、国内屈指のフィルムコレクターなのです。先生のコレクションには日本最古のアニメフィルム『活動写真』も含まれます。

 アタシはこの『活動写真』の上映を観てます。自慢なのです。

 玩具フィルムってなんじゃらホイという方の為に、簡単に説明しますと、当時、お金持ちをターゲットにして家庭用の小型映写機が発売されておりまして、その小型映写機用に様々なフィルムも発売されていたのです。これが玩具フィルムです。内容はといえばオリジナルのアニメもありましたし、劇場で上映された作品のハイライトシーンを部分的に複製して発売したものもあります。当時はこうしたフィルムと映写機を使って活動写真ごっこがなされていたのです。映画が必ずしも映画館のみで供給されていた訳では無いのだと言う事を我々は抑えておく必要があります。さらにこうした玩具フィルムの貴重な点は、本体の映画が失われてしまって、玩具フィルムにおいてのみ観ることのできる作品が少なからず日本映画には存在するという事です。日本映画の残存率の低さは度々取り上げていますし、これからも書くでしょうが、壊滅的とも思える日本無声映画の映像を僅かながら玩具フィルムは今日に届けているのです。玩具フィルムとはそうしたモノなのです。いずれもっと詳しく書こう。今決めた。

 とまあ、かくも貴重なコレクションを有している松本先生と小崎さんが組んで玩具フィルムや幻燈を中心にして上演活動をされている事は、私はとても嬉しく、また今後、活動写真に対して注目を集める際にきっと必要な存在になるであろうと確信している次第。

 それはともかく、是非「大人の科学」を買って紙フィルムを上映してみる事です。弁士にかぎらず多くの人が、です。映画がこんなにも一般的な娯楽なのに、映画ってどうして動くのか、構造を理解している人は少ないと思います。しかもこれからはフィルムでなく、デジタルデータで映画が配給される時代になって行きます。ますます我々は映画の仕組みから遠ざかってしまうのです。それはチト寂しい事ではないでしょうか。

 微力ですが小崎さんのHP「たいじこざき」のご紹介http://www.kozakitaiji.com/

 弁士列伝の現代篇もやろうか…、よそうネ、色々カドが立つといけないもの。

 でも誰かがきちんと現役弁士全員に聞き取りをしておくべきだとは思います。それはアタシでは出来ない事なのです。片岡一郎は現役弁士の連絡先をほぼ全て知ってますが、いろいろとしがらみがあるのです。おおっぴらには出来ないし、したくない存在も居る。だから、誰かが全員にやって欲しい。現役弁士に聞き取りがしたい人は手伝ってあげる。
|05/09| 読書コメント(0)TB(0)
 こんにちは、かつどーしゃしんべんしの片岡一郎です。ひらがなに意味はないのです。よく「最近の映画も観るんですか?」と聴かれます。観るのよ、そりゃ。で、観てきました『ゲゲゲの鬼太郎』。

 アタクシは妖怪とか恐竜とか巨大ロボットが好きです。子供みたいです。カレーやハンバーグも好きです。子供ですね。

 特に妖怪には強烈なシンパシーを感じてしまうのでして、アタクシ御幼少のみぎりから好きでした、妖怪。妖怪好きの例に漏れず水木しげる先生は尊敬申し上げております。なので我々の仲間の坂本頼光に対してアタクシの最大の嫉妬は弁士がらみではなく、水木先生のトコに行ってたという、その一点なのであります。もっともアタシの関心は妖怪にありますから水木ファン度では彼に遠く及ばないので、それもむべなるかなと思わなくもないのですが。

 ついでに言いますと好きな妖怪は河童、ひょうすべ、牛鬼等でして、並べてみると水妖が多いのに今更気付きました。おそらく幼時に公園の池の排水口にハマって死の恐怖を味わったのが淵源にあるのだと思っております。お蔭で泳ぎも苦手ですよ。

 そんなこんなで『ゲゲゲの鬼太郎』は大好きな漫画ですし、田中麗奈も出るとあっては行かにゃなるめえと、おっとり刀でゆるゆる行ったのです。訳解りませんね。

 にしても最近の邦画の予告編はどうしてツマラナイんでしょう?どの予告編も映画の紹介ではなく、主演タレントのプロモーションビデオみたいになってます。多分、編集に際しては「主演の○○君を何秒以上入れてね!」とか言われて作っているのでしょう。勝手な想像ですが。ともあれ予告編ってのは、これから公開される作品を観たいと思わせなければいけない訳で、現状ではその効果が狙えるとは思えない。事実、この日観た予告編の中で最も興味をひいたのは戦隊モノでした。純粋にヒーローのカッコ良さを強調していて、予告編はかくあるべしと言える出来でした。

 レンタルもビデオからDVDに変わって予告編が無くなってしまいました。DVDだと皆チャプター跳ばすので、制作費分の宣伝効果が望めないのでしょう。個人的には好きなのですがね、ビデオの予告編。

 とにかく予告編がどんどん減っています。作る人も少なくなるのでしょう、クオリティの低下も起こりそうで残念です。先日観た『アパートの鍵貸します』のオリジナル予告編は良かった。予告編の冒頭に映画のラストシーンをさりげなく入れてくるセンスは見事です。ああいうの観たいなァ。

 ただ予告編というのは、本編が公開されたら破棄されてしまうのが普通なのだそう。たしか何処かの会社が予告編も文化であるとして、保存をしていた気がします。しらべりゃすぐ判るのでしょうが、ま、おいおい。

 何にもせよ、予告編を観る事で映画が始まる実感を得ている人も少なくないでしょうし、予告編が面白そうであれば観たくなるのが人情です。予告編は面白うそうだったのに…という作品も少なくありませんが、そんな話を友達とするのも、また楽しいものです。どうか素敵な予告編を作って下さい。

 せめて予告編だけでも良いものが観たいよね。

 
|05/07| 活動コメント(0)TB(0)
STEPS2007

 これはダンスの公演です。アート・ステップスというダンススタジオの発表会に位置するのでしょうか。知人が居て年に一度だけの連絡が公演案内です。選挙活動みたいなもんですな。

 その知人というのが北島千加枝という奴で、私や貞橘とガッコの同期。同期といっても年上なので世間から見りゃもういい年、つまりオバさ…。

 この人、学生の頃はダンスでクルクル廻ると、一緒にお目々がグルグル廻って気持ち悪くなるほどの方でした。そっち方面に情熱をそそがなかった私から見ても「向いてねぇってのはこういう人の事をいうんだろうな」と思ったもんです。ところがどうした事か、彼女踊りに憑かれた。うん、憑かれたのです。やたら頑張って、いつの間にやらこんな公演に出るようになってる。その点において素直に凄いと思っているのです。

 北島嬢、ここまでやるには色んな事を犠牲にしてるハズなのである。それでも演れるのは余程好きなのでしょう、踊る事が。でも馬鹿じゃないから、その色んな事と好きを秤にかけるようになるだろうし、現段階でかけてはいるのでしょう。その上でどうやって続けていくか、あるいは辞めちまうのかに興味は向きます。友人もこれから軒並み30代になってゆきます、当然自分も。好きでやるには限界がある年齢です。私は勝算があるから続けてるのですが、さて、彼女はどうするのか。ゆっくり話を聞いてみたい気もするが、どうせ大した答えは返ってこないでしょう。なぜって踊りが好きというのは、言葉よりも身体が饒舌だという事なのですから。

 それはさておき、私は踊りを観るのは好きなのです。

 踊りは上手くなければならない。

 その点が好きです。そりゃ顔やスタイルは影響するでしょう。でも大きな劇場、しかも群舞とくればルックスよりもテクニックが圧倒的に問題になってきます。まずもって上手いかどうか。間違えれば直ぐに分る。評価基準がシンプルでとてもいい。他のパフォーミングアーツは評価に不純物が多すぎます。喋りの世界ですらルックスが大きく関わってきます。アナウンサーを見れば一目瞭然でしょう。役者もそう。楽器奏者までルックスが良くないと売れなかったりします。挙句にゃスポーツ選手にまで見た目を求める始末。ルックスも才能の一つですが偏重はよろしくない。

 とか思ってると群舞に救われるのです。面白い顔の人と端正な顔の人が一糸乱れぬ踊りをしているのは爽快感がありますです。でまた、そうした芸はテレビには向かないからメディアで紹介もされない。故になかなか食えない。過酷な世界です。弁士は食えないと思ってる方が多いですが、ダンサー、役者、お笑いに比べりゃよっぽど可能性があります。食えてないのは別に問題があるのです。
 
 群舞の一員で食えれば何でもするという人は結構多いと思います。映像がすべからく自宅で楽しめるようになった現代を見て、これからはライブの時代だという声もありますが、さて、踊りで食える人は増えるか。頑張ってもらいたいですな。

 人はこれを大きなお世話といいます。
 
|05/06| 舞台コメント(0)TB(0)
カビリア

 イタリア映画祭の一環としての上映。有楽町旭ホールは定期的にこうした上映がある貴重な場所です。カビリアはイタリア無声映画を代表する大作で、今回はオリジナルの95%まで復元したと、向こうのアーキビストが自信の程を窺わせた復元版の上映でした。上映時間は181分という長尺。ピアノ演奏付きで演奏者はステファノ・マッカーニョ氏。

 毎回思うのだが、朝日ホールでの無声映画上映ではどうしてこんなに人が集まるのか。見た事もない人が大勢来ている。

 そして彼らはどうしてこちらに流れてきてはくれないのか。いつも同じ人ばかり。

 さらにさらに何故、弁士の姿が朝日ホールにはないのか。謎は深まるばかりである。

 当時大作に定評のあったイタリア映画の、その中でも超大作にして代表作の『カビリア』でありますから、約3時間全く苦になりませんでした、と書きたいところですが、人間には体力の限界というものがあるのです。加えて朝日ホールはあまり映画鑑賞に向いた空間でないこともあり、いささか疲労しました。んが、35㎜染色復元版の何と美麗な事よ、このプリントはいくつかの現存フィルムを比較し最良の状態のものを集合させる形で最長版を造ったそうです。なのでカットによってクオリティに差が出ておりまして、一つのシーンの中で急に画質が落ちたりします。それもまた映画が世界中に散らばり、残され、複製されたフィルムの旅を示すものであると思えば何とも愛おしいじゃありませんか。

 実際、コンディションの差は映画復元に付きまとう問題であります。かの『瀧の白糸』のフィルムセンター復元版もバージョン違いのプリントの存在が確認されていながら状態の差が著しい為、中々実現しなかったとの事。確かに重要なシーンで極端に画質が低下する事は興ざめというレベルではなく、正当な評価を妨げる可能性すらあるので二の足を踏むのはもっともなのです。しかしながらそうした危険性を孕みつつもあえて予算を組み最長版を製作する事はやはり意義の有る事だと思います。そして、結果としてこの復元作業は成功だったようです。最も美しいシーンはスクリーンの向こうにあたかも世界が広がっているかの如く感じました。デジタル万歳と言わねばなりません。

 映画は物質です。必ず失われてゆく宿命を持っている、はずでした。しかし時代は進みデジタル技術は完璧な複製(復元はともかく)を制作することを可能にしました。依然として映画はフィルムでなければ、というフィルム信者はいます。その方々の気持ちは解りますし、現実としてまだデジタルはフィルムに追いついてはいません。しかし間もなくデジタルはフィルムの画質に追いつき、やがて追い越します。映画が物質の枷から、格段に解き放たれる時が間近に迫っています。それははたして映画にとって吉か?凶か?その時になってみなければ解らない事です。個人的には楽しみなのですけれど。

 カビリアの内容については他に書いてらっしゃる方が多くいるので、そちらをご参照の程。拙ブログは痩せても枯れても弁士のブログですから、当時の名説明者・染井三郎先生がこの『カビリア』に付けた名調子を紹介する事にしましょう。。


  

 「かくて紀元前202年、ザマの一大会戦に、カルタゴは再び起つ能わざるの致命傷を与えられたのであります。今や名誉あるローマの戦勝艦隊は、地中海の波濤を蹴って一路凱旋の途に就いたのであります。
 その中の一隻には、ローマの愛国者フルビオス、忠僕マチステ、そしていよいよ美しく成長したカビリア、三人の姿を見ることが出来ました。
 船は行く行く、三人を乗せたローマの船は、カビリアの帰りを待ちわびる、年老いたバトウ夫妻の住むシシリー島の沖合いを、矢を射るごとく進み行くのであります。時は今、誰か昔を語りなん。回顧すれば十幾年、あの恐ろしきエトナの山の大噴火、続いて起こる大地震、身の毛もよだつモロッコ大聖殿犠牲の式と、幾多浮世の荒波に揉まれ揉まれたカビリアも、今は神の護りを得て喜びの港入りをすることになりました。希望の帆には幸福の風を孕んで、船は行く、風のまにまに。
 春秋ここに二千年、今なお渡る旅人の噂に残る物語、ダヌンツオ原作『カビリア』全12巻の終わりであります」



 補足しますと、この文句、後の巡回上映では西村楽天先生が使っていたようです
|05/05| 舞台コメント(0)TB(0)
 とりあえず書いてみましょう。
 書かなければ始まらないのですから。
 先ずは我が家のお猫様です。
猫と本棚

 写真のタイトルは猫と本棚です。ウチの猫はこないだ病気をしました。いい歳ですので危ないかな、と家族が覚悟したのですが、今では元気にしています。ここ数年はやたら甘えになりました。人間も猫も歳を取ると幼児退行するのでしょう。にしても猫とは不思議な生き物で、存在そのものが妙に詩的であります。猫と○○と付けるだけで作品化してしまうのは、ひとえに猫の力でしょう。試してみましょう。

 猫と私…深みがあります。

 猫とコバンザメ…複雑な事情がありそうです。

 猫と忍者…凄い猫がいるのか、猫の前では優しくなる忍者のお話

 猫と大統領…政治抗争も猫の手で解決

 猫と文房具、猫とカイガラムシ、猫とメイドさん、猫と炒飯、猫と相対性理論、猫とスパイダーマン、猫と紙、猫とDVD、猫と仏壇、猫と正夢、猫とイスラマバード、猫と米、猫とコネ、猫と金、猫と杵、猫と屋根

 吾輩は猫である…こりゃ違った。

 ウチの師匠も猫好きです。入門資格も難しく考えず、猫好きかどうかを基準にするのが良いかもしれないと話した事があります。

 最初の写真ですが、猫を撮ろうとしたらカメラに向かって突っ込んできました。
|05/04| もやもやコメント(0)TB(0)