

最近、舞台を観に行ってイチャモン付けるブログになってますね。仕事もしてますのよ、合間々々にね。地味にですが、それぞれには誠意を込めてやってますの。
なので久しぶりにお仕事の話題なぞ。てか、告知しませんでしたね、このブログでは。そこには心理的なアレコレがありまして…。
まずはイベントデータ
●研究と創作
「無声映画と音楽1」
― レクチャーと無声映画上映 ―
場所:東京藝術大学千住キャンパス 3階スタジオA
●第1部 レクチャー
出口丈人
「無声映画の音楽をめぐって」
森芳久
「初期トーキーの音響技術」
●第2部 無声映画上映
『月世界旅行』(1902年)
♪コンピュータミュージック(5.1サラウンド再生)による無声映画上映
監督:ジョルジュ・メリエス
音楽制作:東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程学生
(東英絵、江口加奈、キム・ニコル、金惠貞、林佩君)
協力:株式会社ジュネス企画
『逆流』(1924年)
♪楽器演奏による無声映画上映
製作:東亜等持院製作
監督:二川文太郎
出演:阪東妻三郎、片岡紅三郎、マキノ輝子
弁士:片岡一郎
協力:株式会社デジタル・ミーム
うん、盛り沢山の内容ね。素敵です。結構急に決まった仕事で、事前の告知もあんまり無かった割りに大勢のお客さんにお越し頂きました。ありがてぇこってす。
出口、森両先生のレクチャーは映像を交えながらのお話でありまして、大学の講義って卒業後に聴くと面白いよね~、ってな感じです。ある程度以上の意識を持って通っていれば大学というのは、やはり知の宝庫なのですが、現役学生の頃にそれを意識するのは至難の業でもあります。一億総白痴化とは言わないまでも、若者の9割はモラトリアムに甘んじて、いや、モラトリアムを選択して生きているんですから仕方ないことなのかもしれませんがね。
最近、一度社会に出てから大学に入りなおす人の気持ちが良く分ります。ちゃんと勉強したいよね。
まあまあ、自分のアカデミック方面の欲求はこの際どうでも良いんですが、専門に研究されている先生のお話を拝聴すると、改めて自分の知らないことの多さに気付かされます。特に弁士は無声映画に関しては多少知っていても、トーキー発明に尽力した人々については驚くほど知りません。仇敵とも言える相手ですからねぇ。前向きに調べようとは思わないんでしょう、きっとね。
きっと客席には何となく映画を見に来ただけの方もいらしたでしょうに、結構楽しそうに聴いてましたね、皆さん。映画史ってのは面白いのかもしれません。加えて言うなら、今日映画から音がするのは当たり前ですが、その当たり前を実現するにあたっての苦心・工夫を知る事は新しい扉が開く感覚なのでしょう。当たり前が当たり前でなくなる瞬間は、良い方向であっても悪い方向であっても興奮を伴うのは事実でありますから。
第二部の『月世界旅行』は5,1chでの音響を付加しての上映でした。私はプログラムの関係上客席では聴けなかったので5,1の音楽による無声映画を体験できませんでした。ムムム、残念なり。しかし大学で5,1chの音響が製作できてしまうんですね。それが凄いよなあ。お金掛かってんだろうな。私は日本大学のゲージツ学部という精神的陸の孤島に4年間おりましたが、学科やコースによって全然お金の使い方が違っていたのを思い出しました。同じ演劇学科でも、私の居た理評コースと照明コースや演出コースだと授業で使われるお金が違うのです。学費はおなじなのに。
お金で思い出しましたが、むかしウチ(にちげー)のOBで「学生の頃さァ、大学の機材売り飛ばして映画撮ったりしたんだよねェ」とかガラガラ声で言ってる人と話した事があります。その時は「へえ~おうなんですか」とか生返事してましたが、済みません、あんたの事嫌いです。なに誰もが通る青春の一ページみたいに美化してんだ。このコソ泥奴。後輩に迷惑かかってんだ。みたいなね。言葉キツイっすね、ごめんちゃい。
ちなみに今回上映で使用したジュネス企画発売版の『月世界旅行』は画質が良いです。私が普段見る機会が多い16mm版よりもずっと良いです。マテリアルに近いジェネレーションのプリントからテレシネしたんでしょう。意図的にカタカナ語を並べてみました。
さてさて、『逆流』ですが、こちらは生演奏付き。当時の上映形態に接近しようという試みですね。楽団の構成は以下の通り。
指揮(本企画のプロデュースも)/西岡龍彦(にしおかたつひこ)
三味線/蓑田弘大(みのだこうだい)
ヴァイオリン/森下幸路(もりしたこうじ)
ピアノ/下山静香(しもやましずか)
打楽器/市東章代(しとうあきよ)
ついでに弁士が俺様です。
ちゃんと和洋合奏になっててね。皆さん、不慣れな仕事をバッチリこなされていて流石で御座いました。やっぱり生音で演るのは楽しいやね。楽しい以前にこれが本来の形やね。
以前も言いましたが弁士なんて誰でも出来ます。それと同じように楽器さえ使えれば楽士も誰でも出来ます。出来るんですよ。それを妙なブラックボックスに閉じ込めて、貴重とか専門とかの煙幕を張るから世間から遠ざかるのです。誰でも無声映画と付き合えるようにすればいいのです。そこからプロとアマチュアの線引きをすればいいのです。
様々なミュージシャンが無声映画に音楽を付けるのって素敵じゃないですか、5,1ch素晴らしいじゃないですか。お笑いの人や、芸能人が弁士をやるの楽しいじゃないですか。そっから生き残るのがプロでしょ?その程度の覚悟は持ってるでしょ?人材は増えるに越した事はないのです。人材を増やす、育てる事に興味を持たない業界は滅びます、絶対に。
こんな所で吼えてたって仕方ないんですがね。でも言わずにはいられないっちゅうかね。最近色んな事を考えますよ。アラフォーって流行ったか?とかさ。