プリウスが数ヶ月待ちの予約殺到で売れてるらしいじゃないですか。安価かも知れない、エコなんちゃらでお得かも知れない。
 でも、それって不景気か?不景気って食うや食わずやの人が町にあふれる状態じゃないのか?
 新車がそんなに売れる不景気ってキモチワルイよね。


 さて本題。何だよ、その2って。正気か?
と、思ったお友達、あなたは正しい。
でも書いちゃうけどね。
前回は愛猫クロの死を勢いに任せて、ドキュメントっぽく書いてみたのですが、結果は御覧の通り、主観的・感傷的な読むに耐えない愚痴になってしまったのでした。
そこんとこいくと、私が最も好きな漫画家さん、須藤真澄先生の『長い長いさんぽ』はやはりケッサクなのだと、よくぞあれだけ猫の死を作品化出来たものだと畏敬の念すら抱くのです。
須藤作品の代表作であります「ゆず」シリーズの魅力は須藤先生の常軌を逸したゆずに対する愛情と、そんな常軌を逸した自分を見つめる極めてドライな目線のコントラストである事は言うまでもありませんし、それか頗るつきに高純度で作品になったのが『長い長いさんぽ』である事も言うまでもなく、あえて指摘する行為は小学校の授業中に「先生、トイレに行きたいです」と手を挙げて、大きな声で言うくらい恥ずかしいのですが、話の展開上触れない訳にいかないのです。というのも、須藤先生のドン引きする程の溺愛ぶりの象徴的な行為が、火葬した後のゆずの骨や灰に対する執着という形で描かれているからであり、私には死体に対する執着が無かったと言いたいばっかりに対極的な須藤作品にご登場願った次第だからなのですね。
ここんとこの文章未整理でわけ分かんないね。
早い話が、私にとってクロの死体は物でしかなかった、ということ。
実はこの感覚は、そね1で書こうとして一度止めたのです。なぜかというと、物でしかない死体なら、平気な顔で保健所に処分してもらえばいいものを、やっぱり忍びなくて埋めたからなんですね。
物である、などとうそぶいて、結局は高踏ぶっているだけなのだ貴様は、というような事を考えてしまったのです。こうなっては死体=物とは言う資格はない、と。

 でも昼過ぎに違う考えに行き着いたのですよ。物に愛着を持って何がおかしい、ってね。
おかしかないんですよ、大好きなおもちゃが壊れたとして、投げ捨てられるか?俺は出来ん。
物欲と未練の塊ですからね、わたし。
だから、未練がある内は垂れ流してみようと思うのです。
繰り返します、自分の為に。
死体は物です。生き物から生が失われれば物しか残らないのです。漢字はよくできてますね。
その物には未練が詰まっています。だから泣くのです。

 クロの事をずっと忘れないとは言いません。私は物忘れが尋常ではありませんから。きっとすぐに忘れちまうのでしょう。薄情な飼い主です。 でも、たまに思い出すからそれで許してな、と思います。
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|05/28| 携帯よりコメント(0)TB(0)
生き物の死をつぶさに見たのは小学生の時、虫かごにカマキリとバッタを一緒に入れて、捕食の一部始終を観察したのが初めてだったと記憶しています。
いや、観察などおこがましいですね。子供の残酷な好奇心でした。
2009年5月26日、我が家の愛猫のクロが死にました。何でも20年も生きたそうです。人間なら100歳以上。長寿といって差し支えない歳でした。
ありがたい事に、私はクロの最後を看取る事が出来ました。で、書かずにはいられなくなってしまったので書きます。
日に何人か訪れて下さっている方には、他人の家の猫の最後なんぞ読まされてさぞやご不快だと思いますが、許して下さい。
ま、俺のブログなんだから何書こうが文句言われる筋合いは無いんですが、あまりにも私的過ぎて、ね。
いつもぢゃねえか。いやごもっとも。




5月24日 深夜 クロの口が閉まらなくなる。
 数日前から右の牙が交差してしまい口が閉じられなくなる事が度々あった。歳も歳だし歯がグラついているのだろう、と家人と話していたのだが、ここにきてそれが常態化する。

5月25日 朝 起きて顔を洗いに行くと、クロが風呂場に居る。床の濡れていない風呂場は好きの様でたまにとる行動。
 口は変わらず閉じられない。 歯石や歯槽膿漏という事もあるらしい。明日には病院に連れていこうと思う。 出かけようとすると、外についてくる。以前はよく外に遊びに出かけていたが、ここ数年は体力も衰え完全に家猫だったクロが自分から外に出た。 老猫なので、ややあやしい足取りで1分も歩いたか。集合住宅の廊下の真ん中で座ってぼんやりと景色を眺めている。
 猫は死ぬ場所を探すというのは有名な話。長くはないのは分かっている。数分好きにさせてから、抱いて家に入れる。 今夜は私用で帰れない。

5月26日 14時過
 帰宅。弟が「危ないかも」と。昨日の夕方に病院に連れて行ったらしい。腎臓が駄目なのだとか。 クロ、居間にぐったりと寝ている。気分が良くないのか寝る場所を変えようと起きあがるも、自力で5歩と歩けず。 ほんの30時間前は歩けたのが信じられない程弱っている。あと1~2日、良くて1週間と覚悟。

14時半~15時半 よろめきながら何カ所かの気に入った寝場所を移動する。風呂場に再び入ろうとするが、段差が越えられない。抱き抱えて入れてやる。 驚くほど、軽い。

15時半過ぎ 風呂場でごとん、と音がするので覗くと壁にもたれて横になっている。多分、居間に戻ろうとしたのだろうと、再度抱く。やはり軽い。 もう自力で起きあがる事も出来ない。時折立とうとするが、上体を起こすのが精一杯。 座布団の上に寝かす。 母が帰宅するのがいつもは17時過ぎ。間に合うかどうか。

16時頃 座布団から板の間、そしてカーペットと動きたそうにする度に移動させる。望んだ場所かは分からないが、何もせずにはいられない。 目の焦点が合っていない。

16時半頃 失禁。 少しでも楽になれば。 20年も生きれば十分だと思っていたにもかかわらず、涙が出る。 母が帰るまで頑張れという気持ちと、もう良いよという気持ちでぐちゃぐちゃになる。 ちなみにこの辺りは書いてても涙がでる。女の子だもん(嘘) 1秒毎に楽にしてやりたい気持ちが強くなる。 首閉めたらとっとと逝けるかな。苦しいだろそれ。みたいな訳の分からないやりとりを自分の中でする。

16時45分頃 前脚をしきりに動かし、次いで後脚を一度、二度、三度、四度と蹴り出す。 苦しみに悶えているのか、元気な時を思いだし走ろうとしているのか、それとも「死」から逃れるために駈けているのか分からないが、自分の身体すら支えられないとは思えない力で四肢を動かし、ぐったりとした。 弟と「死んだ?」と言葉を交わすと、その瞬間びくんと動く。 兄弟、泣き笑い。 口は相変わらず閉じられない。開いた口から舌が出て弱々しく揺らいでいる。




5分後。
それも動かなくなる。
母は間に合いませんでした。でも、その方が良かったと弟と話ました。 一切苦しまなかった、と伝えようと。
実際、クロが苦しんだ時間は短かったと思います。24日の夜、口が閉じない癖に撫でてやると喉を鳴らしてましたからね。
悪くない一生だったんではないかな、と。
当日の夜はなんて事なかったんですが、丸1日経って布団に入ったらキました。寂しい、やはり寂しい。
で、こんな駄文を書いたという訳。
命は不思議です。死ぬとあっと言う間に冷たくなります。生きてるってだけで、暖かいんだもの。不思議です。
うん、不思議。
|05/28| 携帯よりコメント(0)TB(0)
猫、逝きました。

ちょっとはけ口に使ってみました。

来月はあるぽらんと、門天若手寄席があるので来てね。
|05/26| 携帯よりコメント(0)TB(0)
ウチの猫が駄目っぽいです。

あと1,2日でしょう。

まあでも20年生きたんだからいいかと思ったりしてます。

寂しくなるねぇ。
|05/26| もやもやコメント(0)TB(0)
とある原稿に挑んでいるのです。
とりあえず300枚書くですよ。
結果が出せるか分からないけども、とりあえず書いておこうと。

そういう訳ね。
|05/21| 携帯よりコメント(1)TB(0)
腐女子アナって設定はどうだろうか(何のための?)。

今日は新文芸座で『大学は出たけれど』&『落第はしたけれど』を演ります。9時に現場入りです。

早く寝ようね僕。
|05/07| 携帯よりコメント(0)TB(0)
響というお笑いの方がいらしております。
いや、テレビって凄いね。

大泉学園に10年以上暮らしてますが、あんなにオナゴがきやきや言ってるの見たことも聞いたことも御座いません。

いや、テレビって凄いね。

にしても西武線が無茶苦茶蒸し暑い。カビそうだ、俺。
|05/06| 携帯よりコメント(0)TB(0)