「あなたに一番大きな影響を与えた作品はなんですか?」と。
私はこう答えるのです「『魔神英雄伝ワタル』です」と。
誰にでも忘れられない物語がある、なんて言いたい所ですが、世の中には漫画やアニメはおろか小説や映画といったフィクションそのものを馬鹿にしてる方もいらっしゃるので誰にでも、とはいかないのかもしれませんが、とにかく多くの人にとっては忘れ得ぬ物語があるのは事実でしょう。
私にはそれが『魔神英雄伝ワタル』なのです。
第一作の放送は私が小学校4年生の時でした。夕方5時、4チャンネル。
当時はアニメは深夜にやるものではなく、夕方4時頃から8時頃までがアニメのゴールデンタイムであったと思います。良くも悪くもアニメは子供が見る前提で作られていた訳です。私はアニメは片っ端から見ていたので、特に選別したのではなく、あくまでなんとなく「ワタル」を見始めたのです。
主人公の戦部ワタルも小学4年生でしたから、どっか親近感もあったのかもしれません。
で、ハマったハマった。これでもかというくらいにハマった。
後になって関係者の方々(監督さんや声優さん)のインタビューを読むと大体の方が「こんなに続く作品になるとは最初は思わなかった」と仰っています。はっきり言って基本的な設定は当時ファミコンで主流だったRPGのテイストをアニメでやろうという至極単純というか、安直というか、まあ普通だったら続編が作られなくても何ら不思議はない作品であったのです。
放送を開始してみたら視聴率はイマイチだったのに玩具が売れた。となればスポンサーは潤う。それ続けろとばかりに玩具を次々に発売し、引っ張られるように視聴率も伸びていった。第一シリーズ放送中に第二シリーズの制作も決定する。よしOVAも作っちまえとなる。エラい騒ぎでね。お金持ちでない子供だった僕は必死でやりくりして玩具を買ったもんです。
書いてて思い出した。横浜そごうだかなんだかでやったワタルのイベントに友達のお父さんに連れて行って貰った事もあったっけ。何しろ練馬区の小学生にゃ横浜は遠かったから、自分達だけでは行けなかったのね。で、大人を担ぎ出して行ったんです、ええ。
玩具は色々出てましたが、中心はプラモデルなんです。プラクションって言いまして、邪虎丸の足が壊れやすいのよ。設計ミスというよりは壊れ易く設計している、もしくは材料費を安くあげようとしていた、そのどちらかだったのでしょう。
アニメシリーズが終わったと思ったらラジオドラマが始まる、小説が出る、ゲームが発売される、パロ伝なんていうSDガンダムのパクり企画も進行する。とにかくずっと「ワタル」を追い続けることが出来たんですね。ひと頃(今もか?)文化放送の夜は声優さんがパーソナリティのアニメ関係の番組ばかりだったのですが、こうした番組編成のきかっけもワタルのラジオ番組でした。ラジオのアニメでラジメーションと言っていました。そうそう三重野瞳さんはワタルのカラオケオーディションがデビューのきっかけだったんだぜ。
私が大学生の時に放送局を変えて『超魔神英雄伝ワタル』がスタートした時の歓喜たるや、ねぇ?いそいそとテレビの前で番組が始まるのを待つなんて体験は私、この時しかしていない気がします。
私に「ワタル」に並びうる番組があるとすれば「落語のピン」なのですが、それはまた別の機会にするとして、とにかく想い出を共有できない方は、おそらくここまで辿り着いていないであろう、自分の想いをぶちまけただけの長文はこの後も幾らでも書けるという事がまず言いたかった。
さて、ここからが本題。
先日、本当に悲しいニュースが飛び込んできたのです。
『魔神英雄伝ワタル』シリーズのキャラクターデザインを手掛けられてきた芦田豊雄さんがお亡くなりになったという……。

愕然としたんです。
自分の確実なルーツを作っていた中心人物が、死んだ。
67歳だったそうです。
若い、と言ってしまいがちですが、いい御歳と言えなくもありません。
けれど喪失感が凄まじい。
どうしていいか分からずに、とりあえず文章を書き殴るしかないのですね。だからゴタクが無意味に長いわりに、本題に入ると急ブレーキがかかった様に筆が遅くなるのです。
私は「ワタル」に特化して書いていますが、それ以外にも日本のアニメにとって重要な仕事を幾つもされていらっしゃる方です。
私なんぞが死を悼んだところで、屁の突っ張りにもなりゃしないでしょうが、でも言わずには、書かずにはいられないのです。「ワタル」があって、演じる事に興味を持ち、演劇部に入り、落語に触れ、弁士になったのです。「ワタル」が無ければ全く違う人生だったのです。その方が幸せな人生だったかもしれませんが。その可能性はありますが。
でもやはりこう申し上げたい。
「芦田先生、ありがとうございました」
2006年に新紀元社からでた『魔神英雄伝ワタル メモリアルブック』という本があります。この本を本屋さんで見た時は、一瞬我が目を疑い、その直後に感動に打ち震えたのですが、それはさておき、巻末に芦田豊雄さんへのインタビューが掲載されています。この中での芦田さんの言葉は深く深く私の行動指針になっている言葉なのです。ちょっと長いですが、引用いたします。
芦田 大人の責任で、作品を届けたいんですよ。『ワタル』や『グランゾート』の世界では「正義は勝つ、努力は実る、悪は滅びる」が基本ですが、現実の世界はそうじゃない。努力が報われないことも多いし、大人の世界では正義が幾つもあって一つじゃなく、悪が勝つことだってある。……でも大人はそういうことを知っていながら、それでも子供たちには夢を与えて、そこから色々なことを学んで欲しいと思うわけです。でも「夢を与える」ということはイコール「嘘をつく」ことでもあるから、子供にはキチンとした嘘をついてあげなきゃいけない。「世の中で起きている現実をそのまま伝えることが教育だ」という人もいますけど、僕はそれは、間違ってると思うんです。子供たちが成長して「あれは嘘だったんだ」と気付いて、そこから先どう判断してどう生きていくかは彼ら自身の責任ですが、そこへたどり着くまでは大人がキチンとした嘘で引っ張ってあげなければいけないと思うんですよ。

自分は素敵な嘘をついて貰っていたのだと思うのです。
そしてこの歳になると、責任を持って嘘をつくことの大変さも分かってきます。
ただのウソツキは年々増えますが、キチンとした嘘をつける人は滅多にいない。
「一番影響を受けた作品は?」
「『魔神英雄伝ワタル』です」
このやりとりをする為に偉くなるのも悪くないなと思う夏の宵でありました。
それにね、ちょっと偉くなると文化人気取りになりたがるのも嫌ね。急に「一番好きな作品は『罪と罰』です」なんて言い出したりなんかするのはヤね。
芦田先生に感謝を。