四日目であります。
 誤解の無いように申し上げておきますが。僕はドイツが好きです。
 ここで色々書いてるのも、ドイツをあげつらうためではなく、今後のアーティストビザ獲得の為の参考になればと思うからであります。準備はどれだけしてもし過ぎという事はないのだと、知って頂ければ書いた意味でようというものです。

 さあ、三日連続六時起き、健康になりそうです。
 朝起きてみると、在日本ドイツ大使館からの返信が!
 こっからの情報、結構大切ですよ、ドイツでアーティストビザを取ろうと思っている皆様。

 ドイツ大使館法務担当の方からの返信を要約するとアーティストビザとは下記の様になります。

ドイツは各外人局の裁量でビザの種類を決めています。ボンではア-ティ ストビザは発行していないのかもしれないが、大使館としても、それは初の認識である事。であれば他の街の外人局を当たるのが現実的かもしれない。ちなみに間違いなくアーティストビザ発酵しているのはベルリンで、ミュンヘンでもおそらく大丈夫。
ア-ティストビザとは非常に不透明なビザであり、各外人局の判断 に任され、特に条文といったものは無い状況である。

他の街の外人局に行けないのであれば、いずれはア-ティストのフリ-ランスのビザを申請する事を目標に、今 回はどちらかの劇場、あるいは個人雇用者に雇用される、と言う形を取り、労働ビザの申請を入れるか、ということも考えた方が良いかもしれない。



 もっと分かりやすく言ってしまうと、アーティストビザというビザは存在しないのだそうです。各市町村の判断で発行している滞在許可で、アーティスト活動のみを認める限定的な条件の物を便宜的にアーティストビザと呼んでいるだけなのです。ベルリン等の大都市の外人局ならば、利用者がアーティストビザと言った段階で担当官が察しを付けて申請手続きに進めるのでしょうが、ボンはそこまで分らなかった、という事です。
 ですからFさんの「そんな制度はない」はあながち間違ってもいなかったのです。だからといってアーティストビザと一般的に呼ばれている滞在許可はある訳で、それを全く調べもせず「ビザなしでも日本人なら大丈夫」と言ってしまうのは問題ですが。

 なんてこったい。条文も何もないのか。それじゃFさんが対応してくれるか分らないぞ、と思っていたらもう一本メールが来ているではありませんか。
 ここからの文章が、この数日間の一番大事な所です。
 法務担当官さん、さらに法律書を調べてくれていた様なのです。そうしたら下記の様な事が分かったと。

http://events.kavantgar.de/2786;jsessionid=ACA75979B33BADCED5FA6BEE939DCEB3

 このサイトに

Wie eine Aufenthaltserlaubnis nach § 27 BeschV, zu Erwerbszwecken nach § 18 AufenthG und im Rahmen des Ermessens des Amtes nach § 21VI für eine freiberufliche Tätigkeit erteilt werden。

とあって

法律文では、§ 27 BeschV, zu Erwerbszwecken nach § 18 AufenthG und im Rahmen des Ermessens des Amtes nach § 21VI

となる



 というではありませんか。
 大まかな内容としてはフリーランスの仕事の為に役所の判断で滞在許可を発行する事ができる、というものです。
 何のことは無い、そんな規則が有るとか無いとか以前に、外人局の担当者が認めればフリーランサーに対して滞在許可を発行する事が出来るのです。

 さて、ここからは邪推です。
 大使館に現状を訴えた所、迅速に対応して頂き本当に助かりました。しかし昨日送ったメールには僕が外人局のFさんに不法滞在を勧められた事も書いたのですが、返信ではそこについては一切触れられておりませんでした。本来なら大きな問題だと思うのです。
 ここが政治という奴でしょう。大使館として不法滞在に触れてしまえば事が大きくならざるを得ない。だからそこには近寄らずに、可能な限りの解決策を素早く提示する、という。
 根拠は全くありません。そうじゃないかなと思ってるだけ。でもこれで駄目だったら日本領事館に相談する予定でおりましたか。そうならずに済んで良かったと思っています。たとえ抗議しても、この数日間で滞在許可が得られなければ今年の公演はパーになるのは避けられなかったでしょうから。

 余談続きですがVISA(査証)とResidence permission(滞在許可)は混同されがちですが違う物です。
 いわゆるビザは外国人が国に入る為に事前に発行される身分証明なのです。よくあるビザ申請免除で入国というのは、国同士の信頼関係が有るから身分証明手続きなしであなたの国の方はウチの国に入って良いよ、という取り決めなのですね。対して滞在許可は入国した後に滞在するための許可なのです。
 つまりFさんが「ウチではビザを出せない」というも正しいっちゃ、正しかったのです。彼女がそこまで厳密な解釈で発言したのではないと、僕は確信を持っていますけれど。


 ここまで書いて、まだ外人局に着いてない。。。。。


 えいやっと着きました。外人局。
 Fさんのオフィスをノックして入ります。
 今日も「いつも笑顔で」の札は客側に向けられています。 
 そしてFさんは不機嫌です。笑顔はありません。
 というかパン食ってます。
 食パンの上にミートペーストを塗って、ピクルスの輪切りを乗せた美味しそうなパンを食べています。
 昨日の仕事っぷりからは想像もできないような、丁寧なピクルスの配置です。
 時計の針は八時を回っています。仕事は始まっている時間です。

 さあ第二ラウンド開始かと身構えましたところ、Fさんから詫びの言葉が。

「昨日はジークブルクに行けって言って御免なさい。あなたがもうボンに住民登録してたって知らなかったの」

 これはジークブルクから怒られたんでしょう。とりあえず謝っとけ作戦です。
 ちなみに昨日、僕は揃えた書類一式をFさんに見せていますが、その中にはちゃんと住民登録証も入っていました。
 このやろう、やっぱり昨日、まともに書類を見てなかったな。
 とはいえ「Entschuldigung(ごめんなさい)」の一言が彼女の口から出ただけでも前進です。
 さあ話を始めましょう。

「やっぱり何も出来ないわ」

 きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。
 ここでボン大学のUさんが攻勢に転じます。昨日、追い返されたのが余程悔しかったのでしょう。
 我々がいかに外人局の言いつけを守って来たか、そしてするべき準備を滞りなくしてきたか、もうこれ以上待つことは出来ない事を滔々と訴えます。
 
「でもそんなルールはないのだし……」

 ここで在日本ドイツ大使館ビーム発射です。
 さっきの条文を見せると、ひとつ重い溜め息を吐きました。
 これ、見た事ある。ウルトラマンとかで怪獣がスペシウム光線をくらって爆発する前に一瞬だけ動作が止まるヤツだ。
 彼女は爆発こそしませんでした。けれど受話器を取りました。
 そして、ついに、彼女が、この四日間の愛憎の日々を戦ってきた彼女が、Fさんが、働き始めたのです。

 そこからFさんは変わりました。さっきまでは『恐怖新聞』的なつのだじろう式の淀んだ目でこちらを見ていたのが、急ににこやかになりまして、てきぱきと書類を捌いてゆくではありませんか。プリンセステンコーだって、こんなに鮮やかなイリュージョンは出来ないでしょう。亡くなった中村勘三郎が『乳房榎』で見せた見事な早変わりだって遠く及びません。
 僕はこの時、世界最高レベルの早替えを見たのです。

 wunderbar!(訳・すばらしい!)

wunderbar


 それから30分後、僕のパスポートには出入国も可能な滞在許可が貼りつけられたのでした。
 (現時点ではまだ出入国をしていないので、本当に大丈夫なのか分かりませんが……)

 やれば出来るんじゃないか、F。
 なんと彼女ってば「そういえばイギリスに行くみたいだけど、ビザは大丈夫?」とか気遣いまでしてくれます。
 やれば出来るんじゃないか、F。
 なぜ最初からそれが出来ないのか。
 滞在許可証にはFさんの署名がしてあります。
 これからずっとパスポートが期限切れになる七年後まで僕はFさんと一緒です。

 ちなみにですが、アーティストビザ取得の必要書類の第一に挙げられた「ア-ティストとしての履歴書」をFさんは最後までチラリとも見なかった事を申し上げて、この四日間の記録の結びとさせて頂きます。

 おしまひ

 こうして僕はアーツカウンシル東京の支援を受けるこの旅を続行する事が可能になりました。

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|09/19| もやもやコメント(0)TB(0)
 大学に戻りました。
 推薦状を書いてくれたM教授に言の顛末を報告すると、さして意外な展開でもなかったようです。

「あの人たちは仕事が出来ませんからねぇ。何度も行ってこっちが仕事を教えないと駄目なんですねぇ。ビザは取れますから、片岡さんはアートに集中した方が良いんですねぇ」

 M教授もドイツ人ではないので相応の苦労をされているんでしょう。涼しい顔です。
 同じくボン大学のY先生は「なんだそりゃ、ふざけとる。次は僕も一緒に行く。血圧上がってきた」と怒ってくれております。

 とにかく今年一月にアーティストビザについて教えてくれた在日本ドイツ大使館へメールします。伝えるべきは、アーティストビザなんか知らんと言われた事、ウチじゃなにも出来ないから隣町へ行けと言われた事、不法滞在になっても日本人なら滅多にバレないから気にするなと言われた事、の三点です。メールを送信した段階で日本時間は夜の八時。明日の朝一番に返信してくるように願います。

 そして午後。
 ジークブルクの外人局に突撃します。
 当たり前ですが、事情を話しても最初は「それはボンで」でしたが、必死でこちらの事情と午前中の出来事を話したところ目に見えて反応が変わりました。担当者が内線でコールすると間もなく上司の方がやってきます。この上司はボンのシマシマとは違って、きっちりしたスーツにスマートな体型、きびきびした動作の出来る女性といった感じでしょうか。さっそくボンに問い合わせの電話をしてくれます。

 もうね、とっても苛立ってるの、その上司さん。
 なんでかというと、今日の午前中にもボンからジークブルクに来た人が居るんですって。その人はボンの外人局で手続きをしようとしたら、ボンの担当者に「住民登録をジークブルクでしたら、あっちで手続きが出来る」と半ば追い出されてこっちまで来たらしいのです。

 つ ま り

 ボンの外人局(の一部の人?)は面倒そうな人が来るとジークブルクに押し付けてたんですね。
 外人局に行く人は外人ばかりです。もちろんドイツ語が堪能な人も幾らでも来る場所ではありますが、ビザだの滞在許可だのは非常に複雑なルールのものなので担当者にアレコレ言われると反論できないのです。おそらく多くの人達が訳も分からずボンからジークブルクに押し付けられ、または滞在許可を貰えず失意のもとにドイツを離れて行ったのでしょう。

 しかしFさん(とシマシマ上司)は我々を甘く見ていた。ボン大学の日本学科で働くUさんと、まがりなりにもヨーロッパ各国から出演オファーを受けていて今更後には引けない僕という組み合わせを。不法滞在をするか、帰国するか、ジークブルクに行くかの三択を迫られた事をジークブルクでぶちまけてやったのです。

 ジークブルクの方々、まあ怒るの何の。
 許可の出し方が分からないなら教えてやるから自分達で何とかしろ、と電話で叱りつけておりました。

 彼女の言うにはジークブルクで滞在許可を発行する事も可能だが、僕の住民登録がボンにされている以上、それはあまり良い事ではない、のだそうです。ドイツから出国も再入国も出来る許可証の発行の仕方を向こうに教えておくから、もう一度ボンに行って欲しいとの事ですので、ここは従う事にします。
 にしても役場の人が住民の為に働いてくれる、こんな当たり前の光景が、ここまで神々しく見える日が来ようとは思いもしませんでした。

 という訳で、明日も六時起きの八時集合となりました。
 果たして私はアーティストビザを取得できるのか?

 ドイツ滞在許可取得~僕と彼女の四日間~ は明日いよいよ最終回。
 続く。
|09/18| もやもやコメント(0)TB(0)
 初日、電話対応でワタワタ。二日目、外人局が開いてない。
 そんなこんなで三日目です。

 今日は長いです。

 朝、八時。再びボン大学のUさんと共に外人局へ。
 当たり前ですが今日は開いてました。整理番号をとるとものの五分で呼び出し音が鳴って電光掲示板に七番の部屋へ行けと出ます。繰り返しますがたったの五分。最初に「二カ月待ち」と言われ、二カ月待ったら「一ヶ月半待ち」と言われたのが、ボタンを押したらサトウのご飯ばりの急展開ですよ。

 七番の部屋には女性の担当者が棲んでおられました。「片岡」の名前を告げると知っていたので、我々を電話で翻弄したのはこの人です。お名前はFさんにしておきましょう。

 Fさん、とにかく仕事をするのがお嫌いな様で、我々の目的がアーティストビザの獲得である事を告げると「そんな制度はない。というか知らない。私があなたたちにしてあげられる事はない」と。知ないってあんた、この部屋には資料っぽい本もあれば、目の前に立派なおパソコンもあるじゃありませんか。なのに何一つ調べようともせずに、そんな制度はないと仰言る?

 とにかくこっちは事前に調べて、事情も二ヵ月前から説明して、ようやくここに来たのに。
 それをたった五分で無いと?
 とにかく大使館に言われた資料を持って来たのだからと言って差し出すと、それはそれは大儀そうに紙をお捲りになりまして、質問をしてきましたよ。

「あなた達は仕事をするの?」
「はい」
「でも、この推薦状には『仕事をしない』って書いてあるわ」

 だからアーティストビザだって言ってんだろが。
 この数日間でビザを獲得しなければならない事情が僕にはありました。
 9月23日~10月1日がアメリカ、10月3日~12日がイタリアなのです。そして10月20日からイギリスに行かねばなりません。アメリカから帰ってきてから申請をして遅いのです。そしたらFさん言いましたね

「アメリカに行くなら、それで滞在日数がリセットされるから大丈夫じゃない?」って。

 分ってねぇ、この人まったく分かってねぇ……。
 ドイツを含むシェンゲン協定加入国には最大90日間観光ビザで滞在できるルールがありますが、これは出国しただけではリセットされないのです。出国中滞在日数のカウンターが進まなくなるだけなんです。滞在日数に関しては結構複雑なので興味のある方は調べてみて下さいませ。とにかく、外国人を取り扱う外人局の、しかも実際に外国人と話をするセクションの人が滞在許可日数の制度すら正確に把握していないのが分かりました。嗚呼。

 なおも食い下がると、これまでに輪を掛けて面倒くさそうに「じゃあ上司に聞いてみるわ」と席を離れました。
 やれこれで少しは事態が好転するかと期待しますよね、普通。だって上司だもの。
 待つことしばし、その上司が我々の面談している部屋までFさんと共にやってきます。
 事態を重く見て、直接僕らの話を聞きに来てくれたのかと思いきやそうではなくて、単にFさんが僕の持って来た書類を自分のデスクに置き忘れたから一緒に身に来ただけでした……。書類忘れたって、なんのために立ち上がったんだアンタ。上司の人も変わった方でしたよ。ドイツは役人といっても日本の様にスーツとは限らないのですが、にしたって何だよその原色系のシマシマTシャツ。ここはお前ン家か、てか休暇中か。

 ……人を見かけて判断してはいけません。きっと彼が僕らに救いの手を差し伸べてくれるに違いないのです。

「うーん、アーティストビザ?知らないなぁ」

 おい、シマシマ!

 ドイツには仮申請ビザ(Fiktionsbescheinigung)というものがあります。これは現在ビザ申請中である事を証明するためのもので、観光ビザの90日間を過ぎても滞在が可能になるものです。せめてこれだけは発行して貰いたかった。僕はアメリカに一週間行くので滞在可能期間が実質一週間伸びますが、同行している妻はアメリカには行かない、つまり10月9日、僕がイタリアにいる間に滞在可能期間が終わってしまうのです。せめて仮申請ビザを出してくれとお願いしたら、またしても素晴らしいお返事。

「でもあなたはアメリカに行って、奥さんはドイツに残るんでしょう?一緒に行動しないなら仮申請ビザは出せないわ!」

 あれか、F、お前は24時間365日、ダンナと一緒か。そんなに熱々か。またサトウのご飯か、このやろう。
 Fさんと上司は「面倒くさいからねぇ」とか言って笑ってます、ヘヘッヘヘって。

 このFさんの机の上には標語を書いた札が置かれていました。

「いつも笑顔で」

 札の裏には「お客さんの為に仕事しましょう」とか「電話でも笑顔で対応しましょう、電話口の向こうの人には伝わります」といった接客の基本が書いてある素晴らしい札なのですが、Fさんの凄い所は「いつも笑顔で」を自分が読めるようにではなく、客が読める位置に置いてあるという点です。
 いやいやいやいや、待て。このままじゃ日本に帰らなきゃいけなくなっちゃう。折角、東京都から助成金を貰って、各国から出演オファーも貰っているのに。
 Fさん、我々が困っているのを見てアドバイスをくれました。優しいなあ。

「日本人なら街を歩いていてパスポートを見せろとか言われないから大丈夫よ」

 この人、不法滞在勧めちゃった!

 大丈夫じゃねえよ。というかお前、一番そういう事言っちゃいけない立場だろうよ。シマシマも平気な顔して聞いてんじゃねえよ。上司として咎めろよ、このわがままプリンセスを。

「あの、僕はイギリスに行かなきゃならないんですが、大丈夫なんでしょうか?」
「さあ」

 んんんもぉぉぉぉぉぉ。
 シマシマは平気な顔して出て行っちゃうし。
 とにかくここからは「私には何も出来ない」の一点張り。ネットで調べて皆さん外人局で苦労されているのは知っていましたが、ここまで非の打ち所のない駄目役人も珍しいんじゃないかと思うのです。彼女、全ての行動が面倒くさいのです。その面倒くさいを回避するために全身全霊全能力を費やしているのです。

「それでは困ります。では、あなたには何もできないとして、あなたが私達の立場だったらどうしますか?」とUさんがなお食い下がってくれています。
「そうね、Uさんはジークブルクに住んでるんでしたっけ?だったらジークブルクの外人局に行ってみる、かしら」

 Fさん、とうとう余所へ行け宣言です。
 ドイツは地域ごとの自治がしっかり分けられていて、どこかの街が他所の街の行政に口を出すのは御法度です。同時に、自分の街の仕事を余所へ押し付けるのもご法度なのです。
 歩く違反辞典みたいな人だよ、この人。

「ジークブルクに行ったら何とかなるんですか?」
「いままでジークブルクに行った人がこっちに戻ってきたことが無いから分らないわ」

 どこのホーンテッドマンションだ。奥に魔獣でも潜んでんのかジークブルクの外人局には。
 Fさん、またへへっへへと、若干、水木しげるテイストで笑います。
 「いつも笑顔で」ってそういう意味じゃないと思うんだ。

 
 ここで押し問答をしていても埒が明かなそうなので、我が軍は体勢を立て直すことにしました。
 出来る事は

①ボン大学に戻って関係者協議
②午後になったらジークブルクの外人局に行ってみる
③ドイツ大使館に問い合わせをしてサポートして貰う

 の三点です。
 みてろFめ。必ずアーティストビザを手に入れてみせるんだからねッ。

 という訳で、後篇に続きます
|09/18| もやもやコメント(0)TB(0)
 お断りしておきます。
 今日はトラブルらしいトラブルはありません。
 本当のトラブルは明日です。

 さて本編。

 外人局のおばちゃんの言う通りにしていたらいつまで経ってもビザが取れない。
 こうなったら予約なしで乗り込んで交渉するしかない、となりまして向かった外人局。
 朝八時で御座います。我が家から外人局まではおよそ40分。朝食も取るとなると六時起き。まあ世の中の多くの皆さんはこうして暮らしているんでしょう。お子さんが小中学生であればもっと早いかもしれません。でも、今朝の早起きは本来しなくて良い早起き。予約さえ普通に取らしてくれれば、少なくとも予約を取るのに二カ月待ちとかチンプンカンプンな事を言われさえしなければ、もっと普通の時間に出向く事が出来た筈なのです。

 ビザ獲得に全面的に協力をしてくれるボン大学のUさん(妊娠中)も朝八時に来てくれました。有難いやら申し訳ないやら。

 さあ、時間だ、いざ乗り込もうと思ったら奥からおばちゃんが出てきて「今日は開いてないわ」って。
 そうなのです、外人局は水曜はお休みなのです。街によって開いている時間は異なりますがボンの受付時間は下記の通り。

月、火、金 08.00 - 12.00
木 08.00 - 12.00、14.00 - 17.30

 分かるんです。受付時間以外にも事務処理とかいろいろお仕事があるのは。むしろそっちの方が大変なんでしょう。
 でもさ、君らもうちょっと市民の為に働いてくれても良いんじゃないかね。
 
 だって職員の人、かったるそうに働いてるんだもの。
 月曜は休み明けだからやる気が出ないでしょ、火曜は明日が休みだからやる気が出ないでしょ、水曜は休みでしょ、木曜は休み明けだからやる気が出ないでしょ、金曜は明日が休みだからやる気が出ないでしょ、土曜日曜は休みでしょ、月曜は休み明けだからやる気が出ないでしょ、火曜は明日が休みだから……。

 この人達、毎日が休みと隣り合わせなんだ!
 そんな話を昨日してたんです。水曜日も休んじゃうのかよって。それなのに、少しでも早くビザ申請をしなければならないと思って焦ってたんでしょう。明日外人局に行こうって相談してる時に、誰も曜日に気付かなかった。

 ですからね、今日は僕らが悪いんですけどね、皆さんもアーティストビザに限らずお役所に行く時は時間をしっかり確認しましょうね。特にこっちの人達、休みを取る事に情熱燃やしてますからね。日曜日なんて法律で働いちゃいけない事になってますから、こっちがどんなに緊急だって騒いでも「自分の責任」でピクリとも動いてくれませんからね。

 しょうがないから帰りましたよ。 
 じゃあ明日も八時に外人局でねって。

 さらに続く
|09/17| もやもやコメント(0)TB(0)
 今回は本当に危なかった。
 僕の事を知っている方は、僕がいろんな国をフラフラと回っているのを御存知でしょう。いろんな国ではありますが仕事は映画関係なので基本的に安全な場所にしか行きません。だから危険な目にはほとんど遭った事がないのです。でも文化習慣の違いからくる面倒や苦労は幾らか体験しております。

 アメリカでソーシャルセキュリティーナンバーが届かなかったり、クロアチア行きの飛行機で荷物が無くなったりと。
 やっぱり短期滞在よりも長期滞在の方が大変な事は多いのです。
 そして今年はドイツに半年間滞在。観光ビザで入れるのは90日間ですから、それ以上滞在するとなるとビザを取らねばなりません。

 あまり知られてはいませんが、各国にはアーティストビザと呼ばれる滞在許可があります。これはアーティスト活動に限って収入を得ても良い、それ以外の仕事(スーパーの従業員とか、会社員とか)で収入を得るのは罷りならんというシステムです。芸術家が自国で活動するのは歓迎だけど、食い詰め物がやって来て自国民の労働環境を奪ってしまっては本末転倒である為に生み出されたシステムですね。ワタクシもそれを狙っておりました。

 ではアーティストビザをドイツで取得するにはどうすれば良いのか?
 まずはドイツ大使館に問い合わせをしました。これが今年の一月のこと。返答はドイツでの滞在許可は現地に到着してから滞在する町の外人局に行って申請をする、というものでした。申請に必要になるのは

1、ア-ティストとしての履歴書
2、展覧会に出品した、あるいは賞を取った等があればその証明
3、ドイツでの受け入れ先があればそちらからの招待状ならびに推薦状
4、ドイツでの滞在費の保証
5、ドイツでの健康保険の加入
6、外人局にて要求されるそれ以外の書類

 と教えて貰いました。今後、ドイツでのアーティストビザ取得を目指す方の為に転載しておきます。実際はこのほかに申請書、許可証に使うための顔写真が必要でしたし、家族を連れて行っている場合は日本で戸籍謄本を発行して貰い、それをドイツ内にある日本領事館でドイツ語の証明書を発行して貰って補強する必要もあります。海外に来てしまってから、日本の戸籍を取り寄せるのは本当に大変なので、これは日本居る間にやっておくのがベストです。(僕はそこまで気が回らなかったので日本の家族に大変世話になりました)

 ともあれ、作業の大半はドイツについてからです。
 渡独は7月10日発、7月11日到着。ついてから間をおかずにボン市に住民登録をして、保険へも加入しました。ちなみに保険加入もビザ取得に特化した期間限定の格安保険がいくつかの民間保険会社には用意されています。Vismなんてめっちゃ直球の商品だったりする。
 さあ、これであとはビザ取得に向けて外人局に行くだけだ、となりまして外人局に電話をします。(実際は電話をして貰いました、が正しい)
 まず外人局の電話が繋がらないの何の。何回コールしても出ないか、もしくは話し中。
 ようやく繋がったと思ったら「今はとても混んでいるので、申請をするために外人局に来るための予約を受け付けられるのが二か月後です」と。

 今思えば、ここで変だなと思うべきでした。
 予約をして実際に外人局の人に会えるのが二か月後じゃないんです。予約が出来るのが二か月後なんです。
 よく分んなないけど、そう言われたんです。

 じゃあってんで、その二ヵ月間に戸籍謄本を取り寄せ、証明書を発行して貰い、ドイツの銀行口座を開設し、とさらに入念に準備を進めてあっという間に二ヵ月経ちました。再度外人局に連絡をします。
 
 また繋がらないんですね。

 ようやく繋がったと思ったら「予約を受け付けられるのが10月の下旬になります」と。
 あのね、観光ビザの滞在許可日数は90日なのね。10月下旬だと10日以上オーバーなのね。ていうか「日本人ならビザが無くても入国できますよ」とか、全く分かってないのね。二ヵ月前の電話でこっちの状況を全部伝えてあるにもかかわらず。
 このあとアメリカ、イタリア、イギリス、スイス、クロアチア、オーストリアに行く予定なのね。それ以外にも相談している案件があるのね。日本にも一時帰国するのね。それがアーティストビザを取得できないと全部オジャンなのね。

 この時の日付が9月15日。観光ビザ滞在日数リミットまで一ヶ月を切っています。相手の言いなりになっていては話が進まない。こうなったら予約なしの朝イチで外人局に乗り込むしかない!と相談がまとまりました。

 そう、これが激闘の始まりだったのです。

 つづく
|09/16| もやもやコメント(0)TB(0)
 明後日に近づいて参りましたベルリン公演です。
 当初、劇場サイトに載っていたオルガニストの方の名前がある時消えまして、結構心配していたのですが、ちゃんとピアノとシアターオルガンの演奏があるそうです。シアターオルガンとの共演はMichigan theater以来の二度目です。実に楽しみ。こればっかりは日本に人材がいないからねぇ。ピアニストは柳下さんはじめ素敵な方がいらっしゃますし、楽団で言えばカラード・モノトーンもあり、関西の和洋合奏団もあり、僕が個人でお付き合いさせて貰っている音和座も映楽団もあるのです。でもシアターオルガンはいない。日本にも何台か稼働するシアターオルガンはあるのですが、劇場にはないんです。だから映画を上映しながら映画の効果音もオルガンで出せる人がいない。つまり本当の意味で「シアター」オルガンのプロは日本には居ないのです。しかもシアターオルガンは単体で映画全体の音を出せちゃうので、他の楽器との共演の機会も少ないでしょうから、結果としてシアターオルガンと共演するには弁士が一番良いシステムなんです、実は。

 楽しいし、気持ちいいんです、シアターオルガンとの共演は。

 今調べたらローランドがシアターオルガンの講座動画を上げてますね。これ、どうやって日本で活かせばいいんだろうか。

 さて、今回僕がご一緒するのはKino Babylonの演奏家の中でも一番の売れっ子Anna Vavilkinaさん。モスクワ院学院で学び、ドイツ・オーストリアにおけるオルガン即興演奏国際大会でファイナリストに残った実力者です。

 演奏もYouTubeに上がっておりますね。




 さて公演詳細を再び。

●Stummflmkino aus Japan mit Live Erzähler
 „Der ‚Große Krieg’ im japanischen Stummfilmkino, 1914-1918“
 Göttliche Lage

日時/9月3日19時30分~
演目/"Munitionsfabrik Manfred Weiss, Budapest-Cepel im Weltkrieg AT 1914"
"The Rosary"
"Il sogno patriottico di Cinessino(邦題『子供の夢』)"
"Chūshingura [The Loyal 47 Ronin](『尾上松之助の忠臣蔵』)"
弁士/片岡一郎
ピアノ&シアターオルガン/Anna Vavilkina
解説/小川佐和子
ダンス/Yuko Kaseki
料金/€12

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 海外の仕事をしていると国際交流なんて言葉を良く使われますが、ただ公演をするだけでは無くて、現地のパフォーマーとバンバン共演しているワタクシは実に国際交流な芸人ではありませんか。国はもっと保護しても良いのよ。


 実際にこの渡欧はアーツカウンシル東京さんの支援を頂いて行われている物であります。

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