El Sur

 無声映画鑑賞会や活動倶楽部のご常連、日頃から大変お世話になっている藤岡成一さんは年に1回『NEW 映画と私』という映画エッセイ集を発行されています。私もここ数年原稿を書かせていただいているのですが、今年発行号は第10号、つまり10周年の記念号なのです。そのためにエッセイテーマは「ベストワンの映画」でした。

 怠惰な私は早めに原稿を上げるつもりが例によって締め切り直前のテイタラク。情けない限りです。にしてもベストワンとは悩みます。根っからの映画ファンの方は、どれにしようかと悩むのでしょうが、私は人様に言えるほど映画を観ていません。つまり私のベストワンなどに意味があるとは到底思えないという悩みです。

 ともあれ悩んだ末に、というほど悩みはしなかったのですが、一応選んだ映画が『エル・スール』(1983年・スペイン 監督/ビクトル・エリセ)でした。この映画との出合いは、私が最も好きな漫画家の須藤真澄先生がイチオシの映画ということで観たのですが、何と奇麗で静かな映画であるか、当時(高校生だったかな?)に驚いた記憶があります。そのまま素敵な映画として私の心に沈殿していたのですが、今回駄文を書くに当たり、改めてキッチリ観て改めて驚愕したのでした。美しいなんてもんじゃない。本当に息を飲むような光の表現に打ちのめされたのでした。

 ビクトル・エリセ監督は10年に1度しか作品を発表しない寡作の監督として(それは監督の希望ではないらしいですが)知られています。監督作はオムニバスで『対決』『10ミニッツ・オールダー』、単独監督作品は『ミツバチのささやき』『エル・スール』『マルメロの陽光』ととにかく少ないのですが、どれもこれも素晴らしい作品なのであります。もっとも『対決』は未見ですが。世界的に見ても、残念ながら映画大国とは言えないスペインですが、その中にあって貴重な存在であるのは誰もが認める所でありましょう。

 『エル・スール』について書こうと心に決めたものの、寡作の監督の寡黙な作品に対してどんな言葉を連ねたらいいのか見当がつかずに往生しました。ですからこの文章は書き上げた喜びをそのままに書いているのです。

 サイレント映画の表現技法は『サンライズ』(ムルナウ)や『裁かるゝジャンヌ』(ドライヤー)である極点に到達したと言われています。しかし『エル・スール』における「静」のシークエンスは純然たるサイレントではないにしろ先行する無声映画期の完成とは異なった映像の語り口を提示しています。それはつまりサイレント期においては音の無い映像から、どうやって何かを感じさせるか、音を映像によって表現するかが大きな命題であったのに対し、現代の映画で「無音」やそれに類する表現を使う場合、意図するのは聞こえない音を表現する事ではなく、この世の何処にも無い音を表現する為になっているのではないかと思われるのです。となれば映画が音を獲得して無声映画はようやく次のステップに進めたと判断出来るのではないか。

 そんな事を思いもしましたが『NEW 映画と私』には微塵もそうした内容は書いていないのです。自分の中では対になるように別のアプローチをしてみました。発行は10月頃です。是非お求めを。 Lumiere

 そしてそして、この日は先日までフランスに行っていた妹弟子の桜井から借りた『The Lumiere brotheers' FIRST FILMS』のDVDも鑑賞したのでいた。リュミエール兄弟の実写集は言うなれば投影式映画の元祖、映画の最も古い形が現在では家庭で観られるのですから大変な世の中になったものです。

 この実写集の凄いところは、被写体が映画を理解していないと言う点にあります。彼らは自分の目に前にあるものがどんな機械であるかなど想像の外ですし、ましてや自分が動画として百年以上後の日本人が自宅で再生されるなど夢にも思っていないのです。

 今現在、我々はカメラを向けられれば、それが後日に残るものだと知っていますし、複製も出来る事を知っています。映画を観てもそれが本物では無い事を理解しています。しかしながら被写体の誰もそんな事を思っていない、この一連の動画は映画とは何かを今日捉え返す非常に大きな意味を持っているように思えるのです。

 当時、汽車の到着の場面を映したところ、客席から逃げ出す人がいたと伝えられています。まぎれも無く、モノクロ・サイレントの映像はその瞬間において、今日のカラー・音声・CGを駆使した映像よりも真実味を持っていたのです。映画はこんなにも進歩したのに、我々の感じる力はそのころと比べてどうなのか。一考の余地があるのでしょう。少なくとも慣れで済ましていい問題ではないのです。
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|07/19| もやもやコメント(0)TB(1)












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国家の品格に出てくる内容と一部重複するが、筆者の主張には大賛成の人は当然おもしろく読める。最近の言葉の乱れから、国語教育の現象に対する問題。国語教育の大切さ、人間の考えは国語でなされることなど、普段何気なく通ってしまうことも深く考えさせられる。やっぱり大 エッセイへの思い[2007/07/22 11:43]