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 無声映画鑑賞会の日でありました。演目は以下の通りナリ。

●『地雷火組』
  1927-8年作品
  原作/大佛次郎
  監督/池田富保
  主演/河部五郎、大河内傳次郎
●『鞍馬天狗 恐怖時代』(26分)
  1928年作品
  原作/大佛次郎
  監督/山口哲平
  主演/嵐寛寿郎、五味国枝
以上、説明/片岡一郎

●『砂絵呪縛 第一、二篇』
(90分)
  1927年マキノ作品
  原作/土師清二
  監督/金森萬象
  主演/月形龍之介、鈴木澄子
  説明/坂本頼光

 師匠の出演はありませんでしたが、どうやら形になる程度には集客もあり、ヨカッタヨカッタ。

 今回のテーマに関しては前説で話した事ですが、自分の考えとしては幾らか面白かったのでこちらにも書きます。

 今回は「大衆時代小説」がテーマでした。大衆という言葉が指すものは一体何か?多くの場合、大衆と冠される物は大量の消費を前提に供給されている物だと思います。大衆演劇には多くの場合、上演台本がありません。あるのは口立ての筋だけですね。大衆芸能、すなわち落語や講談、現在のお笑いは当然ながら完全な公演記録は存在しません。大衆食堂で細かなレシピはないでしょう。

 大衆というのは明確な主体がありませんから常に流動的な存在です。そのため保存という概念はありません。大衆文化が保存される時、それはその文化が大衆の手を離れた時だと判断して問題ないと思います。

 で、本日の上演となるのですが、言うまでも無く活動写真は大衆娯楽の花形でした。少なくとも現在の映画とは全く様相を異にする、生活に溶け込んだ文化現象であったのです。そして時代小説もまた現代とは全く意味合いが違います。今では小説そのものが全体的に地位を得てしまいましたが、このころの大衆小説というのは現在の漫画位の位置であったとみて差し支えないでしょう。漫画を悪く言っているのではありません。浸透度の話でアリンス。さらに申せば活弁なんというのは完全に大衆娯楽です。落語や講談といった先行芸能からの系脈に突如現れ、時代を象徴する如き人気を博し、トーキーの発明と共に一気に衰退した文化、これを大衆娯楽と言わずして何を大衆娯楽と言いましょうや。言い換えれば活弁の衰退はトーキーが発明されたからで無く、トーキーの発明によって大衆の関心が発声映画に移った為なのです。この違い解りますかな?

 てことはですね、大衆娯楽を保存して公開するというのは、実はそれだけで非常にパラドキシカルな空間になるのです。

 大衆の手からこぼれてしまった物をあくまで娯楽作品として見せるという空間、面白いと思いませんか?文化にはそういう楽しみ方もあるのです。今にも通じる、なんてな事ばっかり言っててもしょうがない気がするのです。演出次第で無声映画は全く違った顔を見せるはずなのです。

 なんてことを、フト思ったのでした。

 芸の内容については気が向いたら書くかもしんない。
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2007/11/01 00:02* URL* [ EDIT]
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