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が本日発売であります。
ぷりサガ

 わざわざ告知をするってぇことは、つまり出てるんですね、オイラ。いや、ギャグじゃないのよ。フントに出てるんでよ。驚きますね。
ぷりサガ グレン

 アタクシのブログなんぞをわざわざ読もうって方は頼んだってやらないでしょ?このテのゲーム。だからいいです。気にしなくても。

 そういえば更新がチト間が空きましたが、それは人様には言えない様な事を色々やっていた為であるので心配無用です。いつもの事です。

 あ、ぷりサガのホームページなぞを紹介しておきませう。

 んでね、ゲームの話なんですけれど、僕のテレビゲームの歴史はスーパーファミコンで終わっています。プレイステーションは買いませんでした、もとい買えませんでした。友達はみんな持ってましたけどね、でもあんまり羨ましくなかった事を憶えてます。替わりにテーブルトークRPGをやってました。D&Dとかソードワールドとかガープスとかクトゥルフの呼び声とかね。今でもソードワールドは展開されてるみたいですね。どなたか誘って下さる方がいらしたら参加したう気もします。弁士がGMやっちゃるって企画はどう?

 兎に角ね、アタイのゲームはスーパーファミコンな訳よ。今ではたいした機械じゃないかも知れませんが、出た当時は凄ぇマシンだったんだぜ。若え連中には実感湧かないだろうけど。なので最近のゲームは知りません。全くもって知りません。WiiとかX-boxとか言われても分りません。DSもPSPも強いゲームボーイとか小っさいPS位の認識です。でさあ、そのぷりサガはPS2用のゲームなんですよ。もう少し正確に話すと、元はPC用のゲームがコンシュマー用に移殖されたってヤツですね。合ってる?違ってる?そんなニュアンスで。

 つましPS2なんですよ、ぴーえすつー。スーパファミコン止まりのアタクシがプレイステーションツーですよ。縄文人に鉄砲ですよ、これは。猫に小判、北○鮮に核兵器…。いろんな解釈がありますが、つまり自分の中で持て余してます。片岡一郎とPS2は合わない!

 ん~何ていうかね、ここではPC用18禁ゲームに出ましたって事も書いてます。ストリップに行って来ましたって事も書いてます。俺は1920年代のポルノ無声映画のフィルムを持っていてそれの活弁を人前で演った事があるぞってのも書いた事はないですが、でも書けます。その他にも、良識ある世間の方から見れば、やや眉をひそめたくなるような事も実は平気で公表できる性格なのです。なぜかというと、それらにはそこはかとないマイノリティーの薫りがするからなんですね。マイナーは自分のテリトリーですから問題ないのよ。で・も・ね、PS2はイケマセン、駄目です、眩し過ぎます、マジョリティ臭がプンプンします。これは大変なテレを伴うのです。

 誤解しちゃ困ります。買うなってんぢゃないのよ、むしろ買ってくれと申し上げたい。

 しかしながらこそばゆいのですよ、ぷれすてつー。そういう話ね。うふふ。

 オイラの演ってる役はグレンというガッコの先生です。コイツはあんまり良い人じゃありません。んでもって小者です。なんだ自分にぴったりみたいなね、そんな役。PC版のサンプル画像をみたらヒロインの背後からモミモミ(何を?)している画像があったので、僕はまだそういうシーンを演った事が無く、とても楽しみにしていたら、そこはPS2だったというエピソードも御座います。やっぱ合わねえPS2!

 うそうそ。

 そういう事ですので皆様『ぷりサガ!~プリンセスをさがせ!~』をご贔屓に願います。

 それからねぷりサガで検索してきた諸兄に一言。アタクシは活動写真弁士であります。活弁士ぢゃありませんので、お間違いなきよう。  
 さて、とまあ自分の事を書き連ねてきたのでありますが、ちょいと考察タイム。

 現在、声優さんて凄い居るのです。声優志望になるとそれはモウ大変な数です。養成所を調べてみてください数え切れません。そこに10人づつ生徒がいたとしたら…。ご苦労様としか言えません。声優になりたい方はその辺も踏まえて養成所選びをされるが良いでしょう。とか言ってもアタクシは養成所、行った事がありませんが。

 これだけ声優が増える背景にはゲームの音声が当たり前になったという点が上げられます。昔だったら到底考えられなかった量の仕事が発生したんですね。で、そうした仕事を支えているのは当然エンドユーザー、つまりお金を払ってくれるお客さんでして、今後もお客さんの負担は増すばかりです。それを幸せと捉える事が出来るかがオタクとそうではない人との境界線になるのではと考えています。

 ともあれ、こうしたゲーム音声の台頭には声優の演技の質を変える事態が伴いました。現在の声優の演技は昔の演技よりもナチュラル志向なのだと言われています。これは現場の方も元業界の方も仰ってたので声優業界全体にこうした認識がある事は事実と認識して良いでしょう。こうしたナチュラルな演技を要求される背景にはゲームの別録りを基本とした制作システムがあると思うのです。皆で一緒に演技をするのと一人で演技をするのは質が異なります。少なくとも突出した個性は別録では扱い辛い。絡み手がその個性に合わせられないからです。そんなことはナイ!とお考えの向きもあろうかと思いますが、漫才のボケとツッコミを別録には出来ないでしょ?それをやると漫才風サウンドドラマになってしまうのです。漫才では決してない。ここで言う個性とはそういう事です。

 先程も申し上げましたが、現在の声優さん達の生活を支えるのにゲームは貴重な糧なのです。そしてそこで要求される演技は当然全体に影響してきます。もちろんナチュラルな演技の要因はそれだけではありません。アニメの質の変化も考えるべきでしょうし、様々な原因があるにはあるのです。ただゲームの影響はきっとあるんです。

 でもね、ナチュラルって言いますが、声優の演技って本当にナチュラルですか?もっと言えばナチュラルな演技ってなに?どうもその辺りの考察がなされていない気がするのです。演技をするという行為はそれだけでアンチ・ナチュラルな行為です。不自然な事をしているから時間・空間の密度を高める事が出来るのです。オペラと落語と小劇場の演技、どれが一番ナチュラルですか?比較自体がナンセンスでしょ?一番その時その時のお客さんに響く演技が最もナチュラルな演技ではないかと思うのです。

 昔の声優と今の声優、それぞれに要求されている事が違うのです。そして昔の声優でありながら今の要求にも応えられる人が優れた声優と呼ばれているんです。ナチュラルとは一寸違う。弁士だってそうです。昔のまんまその通りって奴は現在一人も居ません。出来るわけがない。なのに昔のままではなく、現代の活弁をしたいみたいな事を平気で言います。おっと、又愚痴だ、よそうね。

 演じるとは何か、これはもっと考えなければならんと思うのです。

「頭でこしらえすぎ」

 よく言われます。弁士を始めた頃にも言われました。でも今は弁士では言われません。考えて良いんです。役者が演技の事を考えるのは当たり前なのです。考え過ぎと言われているうちは、まだ考えが浅いという証拠だと思いますの。なので誰に何と言われようと、ずっと考えてやろうと思っています。

 えぇー「ぷりサガ」はいらんかねェ~。
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