そうして一夜は明けたのでした。結局しなきゃならん事もあったりでネットカフェで仮眠を取りつつ夜明かししてしまったオイラ。体力無いんじゃなかったんかい!有馬温泉までいっといて三宮のネカフェかい!とセンスの欠片もないツッコミを自分に入れつつ迎えた朝です。

 いやだってさぁ、台本も書かなきゃいけないし、調べ物もあったしさ、ホテル探すのもメンドくさいしさ、カプセルホテルって嫌いだしさ。色んな事情がありましてのネットカフェです。どうせホテルに泊まったって東横インだしね、かわんないかわんない(暴言)。

 今日は神戸映画資料館に13時が目的なのですが、それ以前にどうしても行きたい所があったのです。その場所を調べる為に宿をネットカフェにしたといっても過言ではないのです。では、その場所とはどこか?先に写真で御覧頂きましょう。
 
神港倶楽部跡地  東郷井  正面から


 ここが何処だか解ったらあなたは映画史家です。現在は川崎重工の保険組合会館になっておりますが、かつては神戸神港倶楽部という建物があった場所です。本ブログを御覧になっている皆さんには殊更の説明の必要も無かろうかと思いますが、神港倶楽部というのは明治29年11月25日、本邦で初めて映画が公開された場所でして、上田布袋軒(布袋軒恒次郎については拙ブログ、弁士列伝参照のこと)が弁士として初めて(当然ですが)弁舌を振るった場所であります。それが、この場所。

 これまで数回神戸には来ていながら、ここに来ようと思ったのは初めてというのも考えてみれば情けない話ではありますが、ともあれ我々にとっての歴史的発祥の地をようやく眼前にしたのです。やっぱり感慨深い物があります。

 神港倶楽部跡地に行こうとして気付いたのですが、我々は神港倶楽部がどんな施設であったのかしらないんですね。映画史において、多くの場合活動写真館はその前身が芝居小屋だったりするので、神港倶楽部についても大した疑問も無く劇場だったんだろうと思ってました、少なくとも私は。ところがどっこいギッチョンッチョンで、ここはそういう場所ではなかったんですね。先の写真で真ん中の物を御覧頂きたいのですが、何て書いてあるか解りますか?「東郷井(とうごうせい)」と書いてあります。日本史で東郷といえば一番初めに出てくるのが連合艦隊指令館長、日露戦争の英雄東郷平八郎です。「東郷井」の東郷はその東郷なのです。
 
 東郷平八郎は初代大和建造の監督官として神戸に赴任、明治18年から約一年間を神港倶楽部で過ごしたのだそうです。その時、東郷は毎日この井戸の水にに親しんでいた所から、後日東郷井の名が付けられたのだとか。神港倶楽部とは和洋折衷の近代建築で、後の空襲で焼けてしまったとの事です。神戸の歴史書を見れば写真も出てくるかもしれません。つまり神港倶楽部というのは劇場ではなくホテルやサロンのような場所だったという事ですね。なぜ、映画の公開にこの場所が選ばれたのか、これは映画史の穴ですぞ、学生諸君。

 てな訳でだんだんと時間も昼に近づいてまいりました。いよいよ上映会ですわ。  神戸の映画資料館は大阪のプラネット映画図書館が勢い余って収蔵した資料やフィルムを公開する為に2007年3月にオープンさせた貴重な施設です。関西圏においてマニアックな映画を観ようと思えばどうしたってここにお世話になるしかないという位の確固たる地位を示しているプラネットが勢い余ってオープンさせた資料館ですから展示されている映写機類ですら感動してしまうのです。もっとも初年度は行政から助成金が降りていたらしいのですが、これからは自立しなければならないらしく経営は非常に厳しいとか。皆様も来神の折には僅かでもお金を落として頂きたいと思います。

 生臭い話をすると、このエリアは阪神淡路大震災で大打撃を受けた地区で、現在の綺麗な街並みは膨大な死体の上に建っているのです。地域としても少しでも早く新しい街を作り上げたいという願いは当然ある。そこに映画資料館があるという意味は大きいのです。そこで定期的に活弁が聴けるというのは素晴らしい事なのです。

 そして、どうやらこうやら辿り着いた映画資料館ですが、入り口を入るとオープンカフェが御座いまして、いきなり井上陽一先生がお客さんと話をしている!楽屋ないんかい。

「何か見た事あるなぁと思ったらアンタかい」
「何で調べた?インターネット。ありゃあアカンわ。悪いことできん」

 初めてあってから随分になりますが、ようやく顔を覚えて貰えたようです。この井上というオッサンときたら男の顔覚えるのが遅いのよ。

 ・・・・尊敬申し上げております。

 おまけにロビーで話してたのは良いんだけれど開演時間勘違いしてやんの。

 ・・・・・・・・勿論尊敬申し上げております。

 本日の演目は『右門六番手柄 仁念寺奇談』でありました。生演奏との掛け合いが真骨頂の井上先生のスタイルですが、スペースの関係でテープ伴奏。が、この方の恐ろしいところは自分で喋りながら自分でテープ操作もするところです。かつては松田春翠もやたっというスタイルですが、私は自信がありません。弾き語りとはまた違うのよ、あれって。叩き上げの芸人の凄みを感じる公演でもありました。ちなみにこの日がネタおろしだったそう。やんなっちゃう。こういう先生があと5人居てくれればと切に思います。

 んっと画像は張らないので自分で探してくれぃ。簡単に見つかるから。

 井上先生という方は基本的に関東の活弁(主に時代劇の語り)を馬鹿にしています。関西の語りの方が時代劇には向いていると自負を持っています。それをモロにアタシに向けてくるのです。

「関東の活弁にはヤマがない。ちっとも面白いことない。」とか平気で言ってきます。ウチの師匠の悪口なんて毎回です。それが良いじゃありませんか。稚気、自負、マイノリティのコンプレックス、そうした諸々がない交ぜになった感情をこんな若手にぶつけてくる感性が大好きなのです。でもね、これを言ってもらえるって可愛がってもらってるって事だと思わん?

 思うに私は素人なのでしょう。だからこんなやり取りで大喜びしているのです。素人ついでに写真も公開します。私と井上先生が一緒に写ってる写真です。これまではこうした交流も表向き隠してきたの。でももういいや、と思う事がありましてね、最近。言訳が特に多いです今回。

 井上陽一先生と


 井上先生、微妙な顔してますね。

 終演後は松岡さんや今田さんとお喋りをしてかた元町の中華街へ。

 そうそう、今田さん。会うたびに「井上さんの弟子になったらいいのに」って言うの辞めてくらはい。澤登の総領弟子なのボク。

 元町中華街1   元町中華街2



 田中映画社の松岡さんに「中華街にいったら○○とか云う名前のお店があって、そこの蟹ワンタン麺が美味しいらしいから食べてきて」と指令を受けたのですが、松岡さんてば店の名前がウロ覚え。見つかんねぇよ!そんな店!!歩いているとお腹は減るし良い匂いはするしで、辛抱たまらず唐揚と中華バーガーと麻婆丼と神戸牛コロッケを屋台で買って喰ったのでした。

 しかし本格的にまとまり無いな。この文章。事実の羅列。誰も此処まで読んでないんでしょう。

 腹がくちくなったので、さらに探検です。向かうはメリケンパークにある映画の碑です。神戸で初公開された映画を讃える為に淀川長治先生が呼びかけて作られた碑であります。

 映画の碑 1   映画の碑 2   映画の碑 3


 石の真ん中がくりぬかれていてスクリーンに見立てているんですね。碑の前に転がっている石にはそれぞれ映画スターとその生没年が刻まれています。世界中にある多くの碑がそうであるように、この映画の碑も、ここを訪れる多数の人にとっては意味の無い巨大な石の塊に過ぎません。一部の意味を感じる人の為にある碑とは一体なんでありましょうか?

 メリケンパークから見た海です。

 海1          海2


 海を眺めつつボンヤリするという若々しいのかお迎え直前なのか解らん行動を楽しんでいよいよ帰り道。メリケンパークから新神戸駅まで2時間位歩きました。途中、グループSNEの入っているビルを見つけたのですが、皆さん知らないでしょうね、グループSNE。

 体力の無い僕は新幹線の中で眠りこけて気が付くと関東に着いておりました。

 こうして楽しい二日間は幕を閉じたのでありますが、帰宅してみると『猟奇的な彼女』は前のバレーボールが伸びて録画が失敗だったという残念な結果に終わった事は、最後の最後でミソつけられた感じでちょっとTBSを恨んでいる私です。

 おしまい。
 
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|05/18| 活弁コメント(0)TB(0)












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