鞍馬天狗のおじさんは

 名著の誉れ高い本書を今まで読んでいなかった事は、全く持って我が不徳の致すところで御座います。でもようやく読みました。だから許しておくれ。

 本書は竹中労氏が日本映画縦断シリーズの番外として発表したもので、大スター嵐寛寿郎に聞書に並木鏡太郎、稲垣浩をはじめとする関係者のインタビューを加えた真に貴重な映画史の記録なのでありますが、数々の証言も頻出する嵐寛の口癖「ほてからに」と、大好きな「おめこ」発言によって何だかどうでもいいような幸福な気持ちにさせてくれる素敵な本なのです。

   しかしながら本書の役割は単なるスターの歴史を綴ったものではありません。文中で幾度と無く強調されているが嵐寛の映画史は抹殺されて来たに等しいという事態なのです。事実、嵐寛寿郎はキネ旬ベストテンにとことん縁が無いスターでした。批評でもハナから低級な作品として捉えられて来ました。芸術作品を作らず、出演もしなかった嵐寛は、ことごとく映画史の正史から除外されたのです。ベストテンに名を残し、批評でも褒められるような作品を製作するお金を稼いでいるのは大衆に受ける映画スターや早撮り監督の努力故である事を意識的に退けるかのように…。

 どうもこの国の映画史、映画評論は多分にロマンチックな空気から脱しきれていないように思えてならんのです。様々なスタンスから批評がされるのは当然ですが、あまりにも娯楽作が立場が低すぎる。加えて過去の批評を愚直に信じすぎる層も多い。これは批評のみならずクラシック映画ファン全体に言える傾向ではないでしょうか。私は演劇出身ですが演劇評論はここまで亜流、傍流を排除していなかったように記憶しています。いくらスーパー歌舞伎が嫌いでも、それが無いかの如く振舞うのは逆にみっともない行動でした。でも映画史は用意に嵐寛を認めません。ついでに言うと活弁を考察もせずに黙殺しているのも映画史ですね。あと100年もしたときに正史しか残っていないことで一番困るのは映画史家であるのは間違いないのに。大きな問題提起をこの本はしているわけです。「嵐寛寿郎の他に神はなかった」と明言することの意義は忘れてはなりません。

 と、どんなに御託を並べても「ほてからに」「おめこ」によって、つまり嵐寛の人間の魅力によって、何だかどうでも良くなってしまうのがこの本の最大のウリだなぁと思うわけです。
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|02/12| 読書コメント(0)TB(0)












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