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 やれやれ、ようやく書く気になってきた。勿論余所ではいろいろ書いてましたけども。今もロハの原稿が一本、スタート予定の連載が一本で御座います。ただね、ここは自分の思うままに書けるので、逆に鏡見てる様でシンどい時もありますです。露出しすぎるんですね、自分が。しかも自分にか分らないレベルで露出しすぎるという中途半端さが、なんともこの…。

 え~、本ブログにおけるコメント率NO.1というかこの人しかコメントしてないんじゃないかしら、な鈴木さんの連載で対談として取り上げて頂きました。

★AQUENT クリエイターズブログ「トロシンニョ
トロシンニョ

 見てやって下さいまし。いろいろ喋らせて頂いてます。

 ちなみに先日、別の場所でもインタビューを受けてまして、そちらの校正もしたんですが、結構良いこと言ってるよ、俺。詳細は後日発表すると思います。なにはともあれトロシンニョをみて下さい。んでもって、トロシンニョってどんな意味か考えてみてください。私は知りませんので。

 対談の発信元であるAQUENTさんに関しては、これまた後日紹介致します。

 あ、それから、あるぽらんは10月5日です。一門会と合わせてお運び下さい。  さてさて、表題のテーマについてです。実は最近(でもないか…ずっとかもしれない)謙遜の言葉をよく聞きます。どうも違和感が拭えないパターンが多いのですね。

「私なんかまだまだです」「初心忘れるべからず」「勉強になりました」etc.etc…

 我々の業界で、これらの言葉の頂点に立つのが「芸は死ぬまで勉強」ではないでしょうか。誰なんですかね?この言葉を考えたのは。黒門町の師匠がよく使ってらしたのは存じておりますが、考案は違うよね?確かに芸はずっと勉強なんです(多分ね)。それは事実で反論の余地もないのです。ただ真実と真理は違うっていうんでしょうか、真実は現象全体を描写し切れないじゃないですか。なんかその辺が気になっちゃって。

 もちっと分り易く言うとね、謙遜の美徳に逃げ込んでりゃ楽だよな、みたいなさ。そんな感覚があるのです。それ位身の回りには謙遜の言葉が溢れておるのです。でもそれってピーターパン・シンドロームの変形だよね。責任回避だよね。

 謙遜は悪いことではありません。とても大事なコミュニケーションツールです。それが出来ない人には困りモンですがねぇ。そういう方も知り合いにいます。元某映画会社のプロデューサーをしてらした方とか、某映画会社の方とか、某演芸ファンとか、ウムム結構居るでないの、私の周りに。ただ、ただなのです、謙遜を過剰にしている、というか謙遜している事に満足している人って実は謙遜ではないのです。それは不遜に等しいのです。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉もありますね。逆に実ってもいない奴が実った振りして頭を大仰に垂れてたら・・・ムカつきませんかね。

 もっと言うとね、未熟であり未完成ってのはそんなにイケナイ事なのでせうか?あたくしにはそうは思われんのです。誰も彼もが未完成なのですから「私はまだまだです」と対外的に言い放つのもどうかな、と。

 嗚呼、ここまで書いて違和感の正体が判りました。やっぱり書いてみるもんだ。つまり私の違和感とは謙遜に対してではなく、謙遜しながらそれに見合った努力をしてない奴に対しての違和感だったのですね。なら努力しろよ、ということなのですね。それが出来てない(ように見える)人が多いのです。と言う事は私の私への自己批判も含まれているかもしれません。いやきっとさうだ。

 この項を書くのには若干の勇気が要りました。なぜならばウチの師匠が謙遜しいだからです。師匠批判にとられたらたまらんじゃないですか。そんなつもりは毛頭御座いません。それ以外の何やかやに対しての感想で御座います。でもそれだけ世の中には謙遜が蔓延しているのです。好感度だかなんだか知りませんが、人前では謙虚なのが良いという風潮がありますが、ちょっと行き過ぎているかと思います。それくらい便利なのです謙遜というやつは。でもやる事やった上での謙遜でなければただの逃げですから、その人に成長なんぞありゃしません。まさに甘美な毒薬でありましょう。ならば私は出来る事は出来るとはっきり言える人の方が好きです。できない事にも挑んでいく人の方が好きなのです。

 なので私はこれからは出来る事、やれる事ははっきり表明したいと思います。ま、出来る事といっても大してありません。私なんかまだまだ未熟ですから、ええ。
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|09/15| もやもやコメント(0)TB(0)












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