さてさて、今回はストリップの話題なぞ。表題の通り記念興行でして出演者も若林美保、御幸奈々、HIKARUといった気合の入った面々でした。個人的には若林美保さんは長いこと舞台を拝見させて頂いていて、この方の舞台にかける意欲、情熱は並々ならぬ物があります。彼女の舞台を見ると私なんかは感心バカと化してしまうのであります。この方単独で小論書いてみたい位のもんなのです。機会があったら御覧なさい。古い映画しか観ないのは不健康ですぞ。  ストリップの話題を書いたのには訳があります。実はこのストリップというヤツは芸能を考える時に非常に大きな位置を占めているんですね。

  この種々の物は、布刀玉命太御幣と取り持ちて、天児屋命太詔戸言 祷き白して、天手力男神戸の掖に隠り立ちて、天宇受売命、天の香山 の天の日影を手次にかけて、天の真拆を鬘として、天の香山の小竹葉 を手草に結ゆひて、天の石屋戸にうけ伏せ、蹈みとどろこし神懸し  て、胸乳をかき出で、裳紐をほとにおし垂れき。ここに高天原動とよ みて、八百万の神共に咲ひき。

 ズドンと引用しましたが古事記の中の天の岩戸伝説という有名な一説です。つまりアマテラスオオミカミが天の岩戸に引篭もちゃったからアメノウズメノミコトが裸になって踊ると周りの神々が楽しく笑ったという件ですね。この後はご存知のように、あんまり皆が楽しそうにしてるんでアマテラスが岩戸を少し開けたら引っ張り出されて世界に太陽が戻ってメデタシとなるのです。この状況を現代人に解釈させるのに最も都合が良いのがストリップなのです。古事記のこの件は日本の芸能に関する最も古い記述ですから芸能の水上はストリップである、とよく言われる原因なのです。

 そもそも芸能なんというのは、豊穣や一族繁栄の儀式が転化して生まれた物ですから、セクシャルな表現とは切り離せない性格なんですね。歌舞伎なんかはそりゃあセクシャルですし、アングラ演劇もセクシャルです。近頃スポーツ紙や週刊誌で取り上げられるエアセックスも、その系譜で読み解くことが出来る思います。文化というのが面白いのは、セクシャルな表現が力を持ちすぎると、ちゃんと理性的は芸術が台頭してくるところです。解り易いのが新劇ですね。まずテキストありき、テーマ重視の姿勢は江戸で爛熟した歌舞伎に対抗するように一気に日本を巻き込んだ歴史があります。きちんとバランスをとるようになっている。

 再びストリップに話を戻します。ことほど左様に芸能の原始的性質を備えているストリップですが、様々な思惑の元にかくもイカガワシイ世界になってしまったのです。そのイカガワシサも現代ストリップの魅力ではありますが、そのおかげで真面目なる舞台研究がされていないという、非常に残念な結果を生じているのも事実なのです。研究の穴は幾らもあります。例えば舞台の構造。ストリップの舞台は真上から見ると凸型になっているのですが、これは言うまでもなく男根象徴ですね。凸の先端部で踊り子さんが裸になるのは交合のディフォルメと解釈できるのですが、この事を指摘している文章を読んだことがありません。ここまで露骨に豊穣モチーフを残している芸能はそうはないのです。いつからストリップの舞台が現在の形状になったかを明らかにするだけで、大学の演劇学科なら楽々卒業できるんですが。他にも寄席と同じ10日興行制度はどうして定着したかも興味深いテーマです。誰かやんないかぁ。面白いと思いますよ。

 ついでに申しますと私は学生の時、授業で「何か一つ舞台を見てレポートを書き授業内で発表すること」という課題を出されたときに周囲が新劇や歌舞伎を観ているなかでストリップのレポートを発表して、教室を大変気まずい雰囲気にさせた事があります。先生困ってたなぁ。それからね、ストリップには学割があるのです。何か可笑しいやね。
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天宇受売命について
天宇受売命アメノウズメ(アマノウズメ)は、日本神話に登場する神 (神道)|女神。「岩戸隠れ」のくだりなどに登場する芸能の女神であり、日本最古の踊り子と言える。古事記では天宇受賣命、日本書紀では天鈿女命と表記する。.wikilis{font-size:10px;color:#666666;}Quota 神話&神々の研究[2007/02/18 04:23]