某所で『春は還る』(大正13年・朝日キネマ)を観る幸運に恵まれました。脚本・監督/栗原喜三郎(栗原トーマス)、助監督/内田吐夢、原作/簡易保険局、撮影/長谷川清、美術/尾崎章太郎、出演/渋井如水、竜田静江、小島勉です。

 簡易保険局の依頼で製作された本作は不幸な主人公が不幸のどん底に陥ったとき、万が一に備えて加入していた簡易保険によって幸福を手に入れるという思いっきりCMの為の映画です。この手の作品は当時相当数作られていたようですが、劇場公開はされない性格の作品ですから全体像が掴みづらいという厄介なジャンルです。

 『春は還る』の特色としては関東大震災の映像が挿入されているという点に尽きるでしょう。ぽっきり折れた浅草十二階、火の手の上がる町並みと、それを冷静に見つめているカメラの視線が妙に不気味です。さらに映画用にエキストラを使って地震から逃げ惑う人々を撮っているのですが、こちらの緊張感の無さも実写と妙なコントラストを描いておりました。この大地震で何もかも失った主人公が簡易保険によって当座のお金を手に入れるという、製作企画として関東大震災ありきの凄い映画なのです。

 同じく朝日キネマ作品で現存しているものに『虚栄は地獄』(マツダ映画社保存)があります。こちらは監督が内田吐夢、助監督ではなく監督なのですが、『春は還る』と『虚栄は地獄』のタッチというか雰囲気というか気配というか、とにかくそういう物が非常に良く似ているのです。終映後に参加者で少し話をしたのですが『春は還る』の製作時、既に栗原トーマスの健康は大変悪い状態であったろう時期で、実質的には内田吐夢作品と考えた方が妥当なのではないか、という見解も出たのでした。

 関東大震災、この当時における未曾有の大惨事だった訳ですが、保険会社は逆にビジネスチャンスにしていたようです。そりゃあ考えて見れば「万一に備えて」が基本の保険会社にとって、その万一が起きた直後ほど営業の説得力が強い時期も無いんですから、これ幸いとばかり宣伝映画を作ったのでしょう。もし今後、関東直下型の大地震が来たら保険会社はどんなCMと作るんでしょうか。地震はとても怖いので来ないに越した事はないのですが、未来を予想する楽しみというのは、こんな惨事を介しても発生するものなのですね。想像力、いやさ想像したい欲求は底なしです。怖い怖い。
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about。。内田吐夢監督
内田吐夢内田吐夢(うちだとむ、本名・常次郎、1898年4月26日-1970年8月7日)は、大正・昭和期の映画監督。日本映画の創生期から戦後にいたるまで骨太な作品を撮りつづけた「巨匠」である。息子は同じく映画監督の内田有作。岡山市に菓子店の息子として生まれる。中学校を2 お待たせ!映画ファン「映画監督・評論家編」[2007/02/17 07:23]
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内田吐夢内田吐夢(うちだとむ、本名・常次郎、1898年4月26日-1970年8月7日)は、大正・昭和期の映画監督。日本映画の創生期から戦後にいたるまで骨太な作品を撮りつづけた「巨匠」である。息子は同じく映画監督の内田有作。岡山市に菓子店の息子として生まれる。中学校を2 お待たせ!映画ファン「映画監督・評論家編」[2007/02/22 10:10]