アッシャー家の末裔

 某所での上映会。上映作品は
 『アッシャー家の末裔』(1928年・仏)
  監督/ジャン・エプスタン
 『裏階段』(1921年・独)
  監督/レオポルド・イェスナー

 両作品とも完全なサイレントの状況では観たことがありますが、今回は『アッシャー家の末裔』に伴奏、『裏階段』に伴奏とナレーションが付いておりました。「アッシャー家」は徳川夢声師のライブ音源がラストシーンのみ出廻っております。ラストシーンが残っているという事は全篇残っている可能性もあるのです。そしてその音源が保存されていであろう場所も見当はついているのですが、手が出せない。今後向こうが表に出してくれる事を期待しましょう。夢声のライブ音源では私の良く知る某映画会社にも『カリガリ博士』が残っております。ただこの音源、商品化するには致命的な欠陥がございますです。「カリガリ~」は劇中に精神病院が出てくるのですが夢声師、この病院を「キチガイ病院」と連呼しているのです。一寸無理よねぇ。

 この日の上映作品で『アッシャー家の末裔』にはチト思い入れがあります。私がこの映画を初めて観たのは5年程前、渋谷のアップリンクファクトリーでした。今のアップリンクではなく、ビルの上の階にあった昔のアップリンクの時代。あの日、「アッシャー家」を未見だった私は、何とか観たいと予定を調整してアップリンクに向かったのですが、時間調整の為に無理をしたアタクシは劇場に着いた段階で既に眠気が頭の片隅にとぐろを巻いている始末。上映は音楽すらないサイレントでの上映で「こりゃあ寝るな」と自分で思っていたのでした。よくやるのです、私。貴重な無声映画が上映されると聞くと無理算段して会場にいって上映中に寝てしまうというパターン。そもそも無声映画を上映している映画館は暗くて、暖かくて、静かですから人間が眠るにはもってこいの環境が展開されている訳です。フィルムセンターの無声映画の上映時なぞは、お家のないおじさん達がよく来て寝ております。その位サイレント映画は寝やすいのです。まぁいいや、で、そんな「寝るな」と予感しつつ席に着いてみると私の他にお客はたった二人きり、ほぼ貸切でした。この少ない人数が良い方向に作用したのでしょう、上映が始まるとまるで映画と自分が二人っきりになっているような不思議な錯覚に囚われたのです。暗闇にぽっかり浮かぶ映像とその映像に吸い込まれてゆく自分、えもいわれぬ快感であったと記憶しています。

 あの快感は音声があったら中々体験できない感覚でしょう。比較的近いのがマジックアイでただの花畑の写真の中から文字が浮き出してきた時の快感ですな。余計解り辛いですか、そうですか。とにかく、そういう体験をした『アッシャー家の末裔』は私にとってインパクトの強い作品なのであります。そして、以上のような体験によって無声映画大好きな方の「無声映画に音楽はいらぬ、まして弁士などもってのほかである」式の考え方もよぅく解るのです。では、なぜお前は弁士なのか?それはまた、いずれの機会に。

 『アッシャー家の末裔』はIVCから状態の良いDVDが出ております。オススメ致します。
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|02/18| 活動コメント(0)TB(0)












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