今回は市川右太衛門生誕100年記念鑑賞会で御座いました。上映作品は
『怒苦呂』(昭和2年)監督/白井戦太郎 説明/片岡一郎
『市川右太衛門傑作場面集』(昭和58年編集作品)
   編集/松田春翠 吹込/松田春翠
錦絵江戸姿旗本と町奴』(昭和14年)
   監督/森一生 説明/澤登翠
でした。

 市川右太衛門の無声映画残存率は極めて低く、無声映画鑑賞会で特集を組む時は似たような番組になってしまうのが残念なところです。大会社ならいざしらず、独立プロの作品ではプリントの数も少なかったでしょうから致し方ないの事ではありますが。

 さて、私が担当した『怒苦呂』でありますが、ラストシーンで刺し殺されてしまう式部なる青年が、右太衛門演ずるところの潮霊之介の息子であろうとのご指摘を会場で受けました。私は式部を潮のかつての部下であると解釈して台本を制作したのであります。おそらくはこのお客様と同様の感想を持たれた方もおられることでしょう。なので何故、私が式部の設定を部下と解釈したか、もう少し正確に言えば、どうして息子としなかったかを書きます。当然『怒苦呂』を観ていない方には何のことやら解らん内容です。しかもこの日のお客さんが、この文章を見るとは思っておりません。でもまぁ、いい加減に台本を書いていると思われた節があって、それぢゃあ業腹なので理屈を表に出すことでフラストレーションを開放しようという行為です。

 インターネットの正しい利用法…ではないか。  ラスト付近で唐突に現れる青年式部が潮の息子である、これは現存する映像を一見した時に誰でも思うことだろうと思います。その理由として挙げられるのが
1・物語前半で殺されてしまうお節と潮との間に生まれた子供がおり、ラストで登場してきて結局悲劇の最後を遂げる青年が二人の子供でなくては物語の整合性がとれない。
2・お節が死ぬ時、子供を抱きしめて死にます。このときの台詞字幕に「坊や」という表記がある。つまり男の子と判断できる。

 以上2点から式部は成長した二人の間の子であると感じるのです。私も初見ではそうでした。しかしながら式部は二人の子ではないとすべき状況だ多々観られます。以下は私が式部を潮の子ではないと判断した理由です。
1・本作の資料を見ると配役に、お節の娘 美和としてあるものがあります。とすれば二人の子供は女の子である。映像を観ても「坊や」と呼ばれている子供はおはしょりをしているのです。字幕と映像に齟齬が出ているのですが、この程度のミスは当時では良くあることですし、脚本面での不備は時代考証という点で当時の批評でも指摘されている作品なのです。これらの点から判断するに二人の子供は女の子とした方が妥当であると考えました。第一、「坊や」と呼ばれている子供が本当に二人の子供の役なのかも実は判断できる材料がないのです。
2・ラストで式部なる青年が殺されるシーンで、役人千々輪刑部の台詞字幕に「罪人の子も同然 刺してしまへ」というのがあります。罪人の子も同然ということは式部は罪人の子ではないと判断せざるを得ません。
3・前半、お節が殺されるシーンで「坊や」と呼ばれる子供はまだ小さい子供であり、後半の式部は既に髷を結っている。とすれば大雑把に判断して子供が6歳だったとしても元服まで10年、それほどの年月が経過したと判断できる変化がメイクや衣装に全く出ていない。前半と後半で時間経過が全く不明なのですが、正直10年は無理があろうかと思います。
4・当時のキネ旬批評欄の配役表に式部という役はクレジットされていない。これは役としての式部が軽かった可能性を示しています。

 とまあおおまかにこんな感じです。ちなみに『怒苦呂』は全5巻作品で現存は約30分ですから3巻相当が残っている訳です。しかしながら現存部分ではチャンバラシーンの占める割合が極めて高く、ストーリー部分は相当量が消失してしまっていると考えられます。よって、私の主張も予想の範囲を出ません。しかしながら物語の整合性だけで欠落部分を判断するのはプロとして出来ないのです。なぜなれば、物語の整合性というのは西洋式ドラマツルギーが基本となっている考え方だからです。歌舞伎を御覧になる方はお分かりでしょう。厳密な筋立てを気にするならば日本の古典芸能の世界はご都合主義のオンパレードです。しかし、それは決して日本人が理論性を欠いている理由にはなりません。物語の価値を主題に置いたとき、理論的破綻はさしたる問題ではないと日本人は知っていただけのことです。歌舞伎でよくあるのが“善良なる武士○○ 実ハ 大悪人××”という役です。こうした役は物語り中、ある瞬間に突然悪の本性を表したりします。こうした演出は西洋式ドラマツルギー(日本では新劇と理解されている方法論です)ではありえないことです。新劇では悪人が善人のふりをしていれば何故そうしているのかが問われます。もし、ストーリーの都合上でそんな奴が出てくれば、それだけで駄作の烙印を押されることでしょう。でも歌舞伎はそれをしません。歌舞伎は人間の二面性を単純に説明できない事を知っているからです。だからクドクド説明せずに悪人は正体を表すのです。演劇は現実と比して時間も空間も凝縮させなければ成立しません。歌舞伎や講談、落語など日本式ドラマツルギーでは凝縮の作法が大きく異なるのです。『怒苦呂』が撮られたのは昭和2年、まさに日本式と西洋式のドラマツルギーが混ざり合い、未分化の時期といえます。この時期の作品を物語の整合性から判断し、他の資料や映像、字幕から視線をそらしてはイカンと思う訳ですよ。

 それもこれも、フィルムが全巻残ってりゃあ問題にならないのですけども。
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|02/26| 活動コメント(2)TB(0)
【杉崎。】
なるほど。色々あるんですね。
観に行った者でありますが、せっかくなのでコメント残しちゃいます…。
私は、式部登場で、え?誰?こんな人いた?と思ったところに
「部下の~」というのが聞こえたので
あーそっかーっと単純に納得してしまいましたが、子供って見方もあるのですね。
無声映画ってそういうところがドキドキものですね。
台本は昔から受け継がれてるものかと思い込んでいたので、いやはや、自分で作るとなると頭さがりますです。

2007/02/28 02:26* URL* [ EDIT]
【かたおか】
杉崎さま
 あいや~。わざわざ済みませぬ。こんな文章にコメントいただくのは愚痴に付き合わせているようなもんで、いや申し訳ない。又来てやって下さいませ。
2007/02/28 14:17* URL* [ EDIT]












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