衝撃という程ではなかったのです。ずっと体調が優れないのは存じ上げておりましたからね。

 でも亡くなるとは正直思っていなかったのも事実。

 藤田まこと先生とはほんの少しお付き合いがありました。2004年1月3日~25日にかけて三越劇場で『浅草ろまん 雪の花道』というお芝居が上演されたのです。どんな内容かというと、栄耀栄華を極めた弁士がトーキーの発明で次第に居場所を失う、そして主人公の錦城光声には忘れ難い過去があって…、というお芝居。この錦城光声を演じられたのが藤田先生。

 弁士が主人公のお芝居だったので劇中に無声映画を上映して、藤田先生(と別シーンで坂上忍さん)が活弁をやる場面があったのですね。私は一ヶ月間、全口演の映写技師を担当したのです。映写技師の役ではないですよ、場内に映写機をセッティングして私が映写機を廻したのです。

 藤田先生は優しい方でした。そして印象深かったのは「俺は芸人だからね」と楽屋で仰っていた事でしょうか。藤田まことといえば『必殺仕事人』と『はぐれ刑事』をあげる方が多いでしょう。『剣客商売』という方もいらっしゃるでしょう。でも「俺は芸人」という言葉には『てなもんや三度笠』を想わない訳にはゆかないのです。
 
 歌謡ショーの歌詞が覚えられないので、大枚はたいてステージの足元にカンニング用の電光掲示板を設置させたら、スモークで何も見えなかったと笑いながら話して下さった事も懐かしき思い出です。

 『浅草ろまん 雪の花道』公演中にウチの師匠が観に来たんです。藤田先生がやる弁士を、当代の第一人者・澤登翠が客席で観る、聴く訳です。しかも師匠ってば開演前に楽屋に挨拶に行った。終演後、楽屋でスタッフさんをお喋りをしていた私を見つけて「さすがに今日はビビッたよ」と仰ってましたっけ。ちゃんと私が澤登の弟子だと把握してくれていたんですね。嬉しかった記憶があります。

 その後も明治座の舞台公演を拝見して楽屋に挨拶に伺ったら「あの時のフィルム、まだある?」なんて言ってくれました。また弁士をやりたいという想いはあったんだと思います。なにしろ「俺は芸人」なのですから。

 私と同世代の人は知らないでしょうが、藤田まことという人は今でいう二世タレントなのです。ご尊父は藤間林太郎という役者です。大スターではありませんが確固とした存在感を持った素敵な方です。そして藤間林太郎出演の無声映画があるのですよ。この作品の説明を演って頂きたかった。私はそれが提案できる場所にいたのに。

 後悔しきり。

 アタシは誰かが亡くなって、ご冥福をお祈りします、というのがあんまり好きでなので言いません。私の死生観と合わないもので。ただ寂しいな、と思うだけです。

浅草ろまん 雪の花道
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|02/19| もやもやコメント(0)TB(0)












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