『話術』徳川夢声
 日本映像学会アニメーション研究会で喋ってきたのです。日本映像学会の中のアニメーション研究会という位置づけになるこの会で学会員でもなければアニメーションを研究している訳でもないオイラなんぞが研究発表をすること自体がおこがましいのですが、頼まれれば何とかもおだてりゃ木に登るってやつでヒョイコラ行ってまいりました、日大文理学部。まさか卒業後にこんなに日大と接点が出ようとは思わなんだ。何しろ私の卒業した芸術学部という処は凄い場所でした。

 一例挙げましょう。卒業に合わせて提出しなければならない進路報告書というものがあります。氏名と学科、そして進路なんかを書いて出すんです。この進路欄にアタシャ書きましたよ、正々堂々と活動写真弁士とね。出来上がってきた卒業生名簿を見て驚いたね、片岡一郎の進路欄は空欄になっていたのです。日芸は活動写真弁士を進路とは認めてくれなかったのです。その後、日芸からはギャラの出る仕事も貰っているので気にはしちゃいませんが。この日もこの話をしたらバカウケだったのでいいです。日芸を恨んじゃいませんよ。いませんともさ。

 とにかくワタクシは弁士についての発表をせよとの事でしたので、無い頭を右にしたり左にしたりでどうやらお喋りの内容を決めたのでした。ところがね、皆の衆、話すといっても色々あんのよ。私は弁士なので無声映画さえ上映してくれれば2時間でも楽に語れます。フリートークも2~30分は繋げます。ところがですな、一つのテーマのもとに系統だった話をしてくれ、これが大の苦手なのです。話に入るといきなり結論を喋ってしまったりなんかして時間配分が全く出来ないので、仕方なく漫談みたいにして残り時間を埋めるという困った発表になってしまうこと多々ありです。よくよく考えてみると私は順序だった理論的な思考が昔から駄目でした。思いつきと思いつきがリンクしないのです。グズグズ説明しても分り辛かろうと思いますが、拙文をいくつか読み返して頂ければよぉく理解できるでしょう。おおよそ表題のままキチンとまとまった文章が書けた例がありません。いきあたりばったりで、滅茶苦茶なのですから酷いものです。

 言い訳をしても仕方ありません。つまりこの日もそうだったという事です。私の前に中国からの留学生の方が中国のアニメーションについての研究発表、大学講師の方が広告におけるアニメーションのテーマでそれぞれ一時間ほど講演されたのですが、お二方共にとても筋道がしっかりしていて解り易い、おぉ何と素晴らしい。最後の弁士がズブズブでした。

 これがひとえに語りの難しさでありましょう。ただ言葉を発するだけに留まらず、話す事とは状況によって様々な変化を求められます。私は映画説明の修行はそこそこ出来ていますし、フリートークも素人よりは出来ます。しかし講演は出来ません。圧倒的に経験不足です。それを思うと、何だかんだ言って学校の先生は偉いと思います。自分の話している事に生徒の多くは非協力的なのです。なのに毎日々々教壇に立っている。出来る事ではありません。
 そんな大変なハナシを我々はきちんと学んでいるかといえば、学んどりゃせんのです。ほとんど慣れで誤魔化してしるのが現状です。こんな現状を50年以上も前に憂えていた人がいました。憂えたあまり一冊の本まで出してしまいました。『話術』という本です。著者は誰あろう、我らが大先輩徳川夢声先生です。この本の偉大なところは、それまで形式と個人の資質の二点によってのみ発せられ、また受け止められてきた話すという技術を分類してそれぞれの要点を解説した事でしょう。分類、いわゆるカテゴライズですが容易な作業ではありません。不足があっては分類作業そのものに価値がなくなってしまうし、かといって増やしすぎれば使い辛い。これを読むだけでで徳川夢声の知性は充分にうかがえます。

 なぜ、徳川夢声がここまでハナシに対して強い関心を持っていたか。これは師の経歴を見れば分ります。職業「雑」の夢声でしたが語りの仕事では映画説明者(活弁)、漫談、ラジオ朗読と旧来には存在していなかった話芸の先端を常に走っていたのが徳川夢声翁なのです。いつも分類不能の場所に居る存在。それは長い時間をかけて自分の立ち位置を確立したい欲求へと昇華していったのでしょう。徳川夢声は話術の神様と言われています。現代改めて聞き返した時にそうした評価に納得出来ない方も多々おられるに違いありません。夢声の語りは非常に癖っぽいところがあるのです。万人受けでは決して無い。しかしながら夢声師のキャリアを見ていると、これほど新しいジャンルの語りにチャレンジし続け、その多くに成果を残した人はいないのです。神様かどうかは個々の判断でしょうが、語りの歴史なるものがあれば最重要人物なのは間違いない方であります。

 余談のそのまた余談、この日の夜は大学の先輩が二人結婚されるというのでお祝いの会でした。中には8年ぶりに会う先輩なぞいたのですが、皆さんお変わりなくてビックラこきました。誰もが全然変わってないのです。妖怪の集団かと思いましたよアタシャ。でもよくよく考えてみれば会場が随分暗かったので、やっぱり妖怪なのかもしれません。アタシは化かされていたのでしょう。とすりゃあ、あの夜飲んだビールは、馬の…。

 途中で切る、これも話術のテクニックなのですぞ。
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|03/10| 活動コメント(0)TB(0)












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