私の師匠は愉快な人でして、何かを思いつくといきなり電話をかけてくることが度々あります。多くの場合、アイディアは電話の中だけで終わるのですが稀に形になるものがあります。それが最近スタートした活動写真研究会です。これは活動写真の研究をされている方や実際に御覧になっていた方からお話を伺う事を主なる目的とした集まりでありまして、今回はその第二回でした。

 この日講師をお願いしたのは大河内傳次郎研究の第一人者・梶田章先生だったのです。梶田先生は当時の活動写真館を体験しておられる貴重な歴史の証人であることから是非お話を伺いたいと思っていた方でした。

 我々が大先達の方からお話を伺う時いつも驚かされるのが皆さんの脅威の記憶力です。何が何年の何月何日にあったかを非常によく憶えている。私なぞは昨日のこともアヤフヤだというのに、この差は一体どこに起因するものか、全く持って唸らされます。この日の梶田先生はといえば、これまた鮮明な記憶から溢れるようにこぼれてくるエピソードの数々にあっという間に2時間が過ぎてしまったのです。特に白眉は神田日活館や牛込館の思い出で、いかなる文献においても接し得ない当時の活動写真館の光景を知ることが出来たのは望外の喜びと言って差し支えありません。

 海外の事情は知りませんが、日本の映画史では劇場論的な研究は、ほぼされていません。映画史はもっぱら作品とそれに関わった人々、あるいは撮影所という送り手にのみ視線が注がれているのが現状と言えます。しかしながら全ての表現というのは主体のみでは成立しません。客体、つまり観客がいてこそ表現は表現たりえるのです。この点を踏まえれば、客体を受け入れるための装置である劇場がいかに重要な空間であるかを認識するために、多くの言葉を弄する必要は無かろうと思います。

 弁士を考察するにしても、劇場を考えることは劇場の一部である説明者を考える事にも繋がるのです。言葉と言うのはとても強い表現ですから「弁士が変わると映画が変わってしまう。そんなことはあってはならない」という考えが出てくるのは当然です。ですが硬くて高さの合わない椅子で見た映画と柔らかでゆったりかけられる椅子で見た映画では全く評価が変わってしまうということも考えなければならないのです。下手な弁士を擁護したいのではありません。弁士も椅子も劇場機構として同列に考えることが大事だと言いたいのです。どんな劇場で、どんな椅子にどんな観客が座り、どんな説明者が語り、便所との距離はどのくらいで、入場料は幾らで、遮光はどのくらい完全であったか等々、それらの様々な条件が一つになってようやく表現として完成するのです。そしてこれらは無説明かつ試写室で観ていた映画評論家には記述し得ない情報なのです。

 それらを鮮明に記憶している梶田先生のお話は、だから貴重なのです。

 活動写真研究会はこれからも継続して聞き取りをしていきます。参加したい方は片岡まで。
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|03/15| 活動コメント(0)TB(0)












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