ついにやってきました。
 この旅の第一の山場です。二週間目にして山場です。ここで転べば落ちてくばかりです。
 それくらい大事な日ですね。

 そう、Michigan Theaterでの公演ですよ。演目はしかも演目は3本立ての豪華版。
 まずは劇場の光景を見て頂きましょう。

豪華

絢爛

歴史ある

お手洗い前

Ozuの魔法使い(定番ネタ)


 Michigan Theaterは1928年に建設された劇場です。つまり無声映画時代ね。その後の改装で一度は原型を失ってしまったのです。さらに今から30年ばかり前、とうとう劇場をブッ壊してしまおうと計画が立ったそうなのですが、ここには大変な財産があったのです。それがTheater pipe organです。無声映画時代は日本では弁士がいましたが、海外では音楽だけが一般的なスタイルでした。という事は音楽が発達する構造になっておりまして、その結晶のひとつが、このオルガンなのです。

 劇場を壊すとなれば劇場機構の一部であるオルガンも壊さねばなりません。こりゃイカン、てんで保存運動が始まり、さらに劇場の存続運動につながり、最終的には州が管理する事になったのです。しかもそこで終わらないのがアメリカ!なんと内装を建設当時に戻しちまえ、と。却って良かったんじゃないか、みたいな展開になったのです。

 というわけで、この劇場のオルガンは未だに現役です。

生涯現役

 そしてここに、弁士が来ている。

 つまり・・・・このオルガンとの共演が出来る!
 これは胸熱ですよ。感激ですよ。アメリカ万歳と叫びたくもなりますよ。

 そんな胸躍る気持ちで劇場に着いてみたら、これだ!

これだ

 これだ

これだ2

 これだ

これもだ

 引くとこれだ

これもだだだだ


 感激ですね。これはシドニーオペラハウスに私の写真入りのポスターが貼られていた時と同様の感激。ここまで来て良かったとしみじみ思いました。この写真ね、自慢ですよ。これを自慢しない奴がいたら会ってみたいもんだ。
 さてさて改めて本日の演目紹介。

『デブのコック(Cook)』(1918年・米)
監督/ロスコー・アーバックル
主演/ロスコー・アーバックル、バスター・キートン
説明/片岡一郎、シアターオルガン/Stephen Warner
『群立病院(County Hospital)』 (1932年・米)
監督/ジェームス・パロット
主演/スタン・ローレル、オリバー・ハディ
説明/片岡一郎
『大人の見る絵本 生れてはみたけれど(I was born, But….)』(1932年・松竹蒲田)
監督/小津安二郎
主演/斉藤達雄、菅原秀雄、突貫小僧
説明/Markus Nornes・片岡一郎、音楽/Little Bang Theory

 開始時間は19時ですが、そこはMichigan timeですから問題なく19時10分で御座います。まずはMarkus先生がこのSilent Ozuというフィルムシリーズの概要と謝辞、それから簡単に弁士とはいかなるものかという解説をして下すった後に私を呼び込んでくれます。
 と、ここでひとつのミッションが。Markus先生から「英訳はしてあげるから、前説を英語でやりましょう」と。ええ、やりましたよ。小学生の朗読だってもうちょっとマシだろうという見るも無残な前説を。ここでお客様方は大いに不安になったに違いありません。
「おいおい、弁士ってのは喋るのが商売なんじゃないかい?大丈夫かい?」てな具合に。

 大丈夫じゃないんですがね、私の場合、いつも。

 ともあれ上映が始まっちまえばこっちのもんです。多少間違えたって分かりっこない、とかなんとか不純な事を考えていたからでしょう。芸の神様はいるんですね。ちゃんと罰をお与えになる。事件は一本目の『デブのコック』で起きました。
 『デブのコック』は主演がFattyことロスコー・アーバックルとバスター・キートン。さらに敵役にはアル・セント・ジョンが出ている、なかなかアジな作品です。私は本作の復元版マスターDVDを持っていましたので日本で説明台本を書きあげて来たのです。またYouTubeにも同じバージョンがアップされていたので、これで問題なかろうと思っていたのです。ここまで話せば聡明なる読者諸君はお分かりでしょう。

 フィルムのバージョンが違いました!

 字幕の出る位置も内容も全然違う。訳してる時間はないから適当。当然、自分の台本なんか見ている暇はない。結果アドリブ。冷汗三斗ですよ。
でもStephen Warnerさんの演奏は本当に素晴らしくて至福のひと時で御座いました。
 Theater pipe organというのは文字通り劇場の為のパイプオルガンで、無声映画上映用に設置されていますから、ただの鍵盤だけじゃなくて効果音を出すための鍵が沢山付いてるのね。しかも楽器が劇場と一体化してるもんだから音が壁から溢れてくる、溢れてくる。これは凄いですよ。リハーサルというか、ならし演奏の時にずっと聞かせて頂いたのですが、劇場自体が楽器みたいなのさ。
 バージョン違いで作品を語る、そんな波乱の幕開けでした。今回の渡米は荒れるぜ。

 二本目は『群立病院』。ローレル&ハーディのトーキー作品です。
 今年のミシガン大学のテーマは「翻訳」です。そこで映画の翻訳装置として弁士が呼ばれたのですが、日本映画史にはトーキー初期に外国のトーキー作品を弁士が語っていた歴史があります。歴史におけるほんの徒花ですが、これは翻訳的観点からみると非常に面白いからやってくれとの依頼です。アメリカまで来て気が大きくなってますから、いかなる相手の挑戦も受ける、なんて猪木みたいな了見になりまして『群立病院』の中から5分間だけトーキーの音声を流しつつ説明をさせて頂いたのです。
 この上映方法は無声映画鑑賞会でも何年かに一度やりますが、正直面白いと思った事がない。労多くして実り少なしの典型だと思っています。無声映画鑑賞会での作品は『嘆きの天使』一本やりで、あんな大作をこの形式で上映してもダレるよな、そりゃという感じです。そもそもトーキーを弁士が喋って面白いなら弁士は廃業せずに済んだんです。それだけの事なんです。
 でも5分間だけやるなら面白いね、この形式も。病院の先生がとても気持ち悪いキャラで、彼を演じるのが最高に楽しかった。
 『群立病院』トーキーなので音楽はなし。

 そして本日最後の作品が日本映画史上どころか世界映画史上の名作『大人の見る絵本 生れてはみたけれど』です。こちらの音楽はLittle Bang Theoryの皆さん。彼らが主に演奏する楽器は玩具楽器。楽器屋さんで売っているような高い楽器はあんまりなくて(なのに三線は持ってた)、おもちゃ屋さんに売っているような音のでる玩具が中心なのです。
 実は当初、少し心配していたのです。というのは玩具楽器は本作の前半のコミカルな部分を表現するには良いかもしれないけど、後半の泣き笑いの部分をどうするのかと。そこまでコミカルになったら困っちゃうなと。
 予想は裏切られました。むしろ後半の方が良かったかもしれません。玩具楽器のある種単純な音が絶妙に親子の悲哀を表現していて、たまりませんでしたね。
 画像はリハ風景です。彼らの音はここで視聴できます。

Little Bnag Theory(大人)


 それからね、この公演では最初の10分間、弁士は私ではなくMarkus先生がされました。小津映画が英語で喋っているのは実に不思議で面白い光景でしたね。先生も上手いしさ。俺が出なくても良いんじゃないかと思ったりね。
 これは卑屈で言ってるんじゃないんです。今回も前説で言いましたが、弁士を面白いと思ったら、海外の方々にもどんどん弁士をやって頂きたい。私のへたくそ英語でしたから伝わったかどうか分かりませんが、ともかくアマチュアが増えるのは実に良い事です。アマチュアなくして芸能は成り立ちません。
  
 名作を、こんなに歴史のある場所で語れた。
 弁士冥利に尽きます。
 こういう仕事が続けば幸せなのにね。

 あ、今日の楽屋で頂いたお食事はSushiでした。写真撮るのは忘れました。
 海外の寿司は不味いって言うでしょ。あれね、半分本当で半分嘘。海外で暮らして日本食が恋しくなって思わず飛びついた寿司がマンゴーソースみたいなのかかってるSushiじゃ、確かに不味いと感じても不思議じゃありません。でもね、冷静になってみるとコンビニで売ってる寿司や、安―い回転寿司って不味くないですか?海外の寿司もね、割とあのレベルですよ。

 海外の寿司は大して美味くないが、日本にも同等の寿司は溢れている。

 これ今日の格言な。

 あとね、シアターオルガンのStephen Warnerさん、弁士と共演だって聞いてなかったそうです。軽く前座くらいのつもりでいたそうです。それが映画が始まったら弁士が喋り始めたので、ものっそいビックリしたと仰ってました。

 それを聞いて、俺もビックリした。
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