4月4日チラシ表

 サイレントフィルムデュオという企画で喋って参りました。場所は有楽町の日本外国特派員協会でござんした。
  
 演目は
『火の玉レポーター』(Hell of a Reporter)
          説明/片岡一郎
『日曜日の人々』(peoole on Sunday)
           説明/澤登翠
ピアノ演奏は両作品ともゲルハルト・グルーバー

でした。グルーバーはこの企画のためにウィーンから来日、見事な演奏を披露してくれています。アタシは英語が全然ダメな子なので自由にコミュニケーションをとるっちゅう訳にイカンのですが、彼は非常にシャレの解る方でして、片言の英語でも楽しくお話が出来るのです。少なくとも外国の方に「弁士じゃ食えないだろ」と指摘されたのは彼をおいて他にありません。やたらに文化ぶらない所がとても素敵な人なのあります。
  
 とてもとてもマニアックな話をします。グルーバーは無声映画伴奏者として非常に優秀です。どういう風に優秀かというと、彼は映画をみて、あるいは弁士の声を聴いて自分の演奏を抑える事が出来るのです。これは中々出来るこっちゃありません。無声映画は観てるだけで解るなんてのは極々限られた変態的趣味の方だけですから現代では音楽や語りを付して、一般的な娯楽になるように努めるのです。ところが、この匙加減が難しくて、音や声を足しすぎれば「五月蝿い」と言われるし、少なすぎれば「解んない」と言われるのです。ことに海外で活躍している伴奏者の方々はパワフルな演奏をされる方が多く、朝日ホールやフィルムセンターで拝聴するとそりゃあもう弾きっぱなし、息つく暇も無い位、そういうスタイルの方が多い。なぜ、沈黙の芸術と謳われる無声映画がかくも多くの音や言葉を生んでしまうかは、よぉく考えなければならん問題ではありますが、話はグルーバーです。

 彼は、そんな中にあって状況に応じて演奏を抑える事ができる、という事が凄いのです。技術が高いかどうかはオイラはミュージシャンではないので判りません。んが、彼のスタイルは日本人の好みに合います。確実に彼は此処日本においては極めて優秀な無声映画伴奏者といえるのです。
 
 日本人の好みと言いましたが、単純に音楽性の問題では終わらん所が此の問題の面白い部分で、絵画を例にあげても同じです。西洋の油絵はカンパスを完全に絵の具で塗り固めてしまいます。ただ塗っただけでは飽き足らず、その上にまた塗ったりなんかして絵を完成させます。これが西洋。ところが日本画、中国画、もっと踏み込めば書といった東洋の古い視覚芸術は隙間だらけです。白い大きな紙に墨だけ、しかも面積の大半が白いまま。これが東洋。

 決め付けてしまってはいけませんが、傾向としては解ると思います。そんな訳で、日本人は余白を尊ぶ傾向が強いのです。でも、いざ演者になると余白を創るのは非常に勇気の要ることなのです。この辺が難しい。

 では最後にマニアックな話をちゃんとします。あのね、それほどまでに優秀なグルーバーは、どちらかといえばマイナーです。フィルムセンター(日本のね)でも演奏した事がありません。世界的に有名な無声映画祭のポルデノーネ映画祭でも演奏した事が無いそうです。なぜか?ブーフヴァルトとツィンマーマンがブロックしてるんだってさ。そういや此の二人は日本にも良く来るね。
スポンサーサイト
|04/03| 活弁コメント(0)TB(0)












 管理者にだけ表示を許可する

http://kaitenkyugyou.blog87.fc2.com/tb.php/64-9e454f67
この記事にトラックバック(FC2ブログユーザー)