いやァ暑い暑い。どうしたものか。
 高圧喰っちゃたまらないよ。PCだってたまらないんでしょう、こう暑くっちゃ、と変換したかったのに高圧を喰っちゃうくらいだからね。

 連日、お知らせブログを上げる決意でおります。
 でも最近、告知が億劫で……。ほらアメリカでは告知活動をほとんどしなかったんですよ。仕様がなかったとも言えますが。こっちに帰ってきたらしない訳にはいかないじゃない。でもメールをジャンジャン送るのが何となく、こう、ね。
 いずれやりますけどね。

 今月の27日には「プチぐら★」vol.10 声優になってみました。イギリスから来たけれどの巻」というイベントを荻窪のベルベットサンでやります。
 なんとトークゲストはイギリスから声優になるためにやってきて、そして日本の事務所に与り所属のポジションを勝ち取ったReinaさんです。これだけでもう、愉快な方だと言うのが分かりますね。楽しそうなイベントですね。Reinaさん、なんとオックスフォード大です。そんな世界最高学府から、どうしてあーた声優に、と思いますね。ちょっと並みの声優志望とは覚悟が違いますね。僕みたいに何となく受けてみたオーディションが受かって仕事貰ってるなんて奴は打ち首ですね。
 念の為申し上げておきますと僕はどこを切っても活動写真弁士ですが、たまに声優業もさせて貰ってます。帰国してからやってねぇけど。

 てなわけで早速イベント告知。

●「プチぐら★」vol.10 声優になってみました。イギリスから来たけれどの巻」
日時/7月26日20時~
会場/荻窪ベルベットサン
出演/片岡一郎(活動写真弁士)、Reina(イギリス人声優)保利透(ぐらもくらぶ)
料金/¥1500(w/1D)

ぷちぐら10


 特に予約とか御座いませんので、お気軽に遊びにいらして下さいませ。
 良いのか、そんなんで。

 でまあ最近、声の仕事とはなにか、について考える事が多いのですよ。
 今日はね、その辺についてつらつらと書いてみようかと思っています。どの程度の長さになるか、自分でも考えずに書いていますので長くなったらご容赦。まあイベントに来て頂ければ良いんです。私の駄文なぞどうでも。

 近頃、声優というお仕事について話題を振りまいたのは何と言ってもホリエモンこと堀江貴文さんでありましょう。氏が「声優って実際そんなにスキルいるんかえ?」と発言した事に対して、各方面からあれやこれやの意見が噴出した、と言う状況だったと認識しています。

 いわずもがなですが、声優にスキルは必要ですね。というか数ある演じる仕事の中でも声優さんくらいスキルが必要な業種も少なかろうと思うのです。ただし声優業に限らず、その職種特有のスキルは一歩外に出ると大して役に立たないのが常であります。機会には不可能な微細な感覚で綺麗に漆をおわんに濡れる人類の宝と呼べる能力であっても、その技術だけではペンキ屋さんになれるわけでもなければ、絵描きになれるわけでもない。お好み焼きにソース塗るのは大阪のおばちゃんの方が上手い訳です。

 声優のスキルというのは、声優の現場を成立させるためのスキルでもある訳です。
 たとえば堀江さんが、これまでとは全く違った環境でのアニメ作りを目論んでいるなら、これまでの声優さんのスキルは必要ない、むしろ邪魔になる可能性もあります。

 とか書くと、お前は声優を馬鹿にしてるのか、とお怒りの方も出てくるかもしれませんが、そうではないのです。こういう事態は映画の歴史で既に起きているのです。
 トーマス栗原という名前は映画史をやっていない方は知らなくて当然という名前です。この方、ハリウッドで演技術を学び、それを日本に持ち込んだ日本映画の歴史において重要人物なのですが、ここで彼が主張したのは歌舞伎などの旧来からある「型の演技」の否定でした。自分が映画を制作するにあたっては、あえて演技経験のない素人を採用し、彼らを監督の指示のもとに演技させることで、それまでの日本映画には無かったリアリズムを追求したのです。
 こうした出来事があり、また築地小劇場を代表とする新劇運動もあって、今日我々が当たり前と思っている演技論は日本に定着したんですナ。新しい事をしようとする時に、以前からの型・スキルが否定されるべき瞬間は確かにあるのです。堀江さんが演技論として「声優って実際そんなにスキルいるんかえ?」と言ったのではないのは勿論です。それは彼の構想するアニメにおいては声優のスキルは(発言段階では)重要でなかったからでしょう。むしろ声優のスキルを一切否定した所で凄いアニメが作られたとしたら、堀江さんの功績はアニメ史において甚大なものになるかもしれません。
 
 そんなに上手くいきゃあしないでしょうけれどね。

 さて、トーマス栗原はプロフェッショナルのスキルを意図的に遠ざけて作品作りを続けた監督です。ここで我々は一人の人物を思い浮かべねばなりません。現代でそれをやっているのは宮崎駿監督でしょう。
 宮崎アニメではどうして声優を使わないのか。「宮崎さんは声優の演技が嫌いだから」とか「プロデューサーが話題作りを優先しているから」とか言われています。実際、あれだけの規模で作られている作品ですから様々な要素が絡み合っているのだろうとは思います。ただ確固たる己の世界を持っている監督の場合、小器用な役者は不要だったりもします。黒澤映画における三船敏郎、小津映画における笠智衆、どちらもなくてはならない役者さんですが、まあ器用じゃないわね。組む監督によってはどうしちゃったの?という出来の者がある。それに対して、活躍されている声優さんてやっぱり器用なんですよ。器用でないと短い収録時間で一定以上のクオリティを維持し続ける事なんかできないです。これもまた声優には欠かせないスキルかもしれません。

 もしかしたら宮崎駿監督の不幸は、三船さんや笠さんのような相棒と呼べる声優さんを見つけられなかった事かもしれません。プロか非プロかの二元論ではなく、己の世界を己以上に体現してくれる役者と出会えたかどうか。

 という訳で、程好く内容がとっちらかったので、クドクド書くのはここまでにしましょうか。27日はReinaさんと、こんな内容についても話してみたいと思います。

 当たり前ですが声優と弁士はどう違うか、なんて話もしたいですね。
 これについては最近色々溜まってま思う所が多いですから、このイベントで存分にぶちまけてやる丁寧にお話しする所存。

 
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