プログラムがフィルムセンターのサイトで発表されました。

 今回のプログラムには僕もちょっとだけ関わっておりますので、宣伝をしたいと思います。
 もちろん僕がわざわざ書かなくたって、きっと場内満席に違いないのですが。

 僕が関係しておりますのが「福宝堂撮影の記録映画と尾上松之助・阪東妻三郎の葬儀実況」というプログラムです。ここでは下記の五本が上映されます。

明治四十五年四月四日 藤田男爵 葬式の實況[デジタル復元版]
日活取締役 故中村鶴三氏 尾上松之助 葬儀実况 大正十五年九月十六日
故 阪東妻三郎 関西映画人葬実況
昭和七年 二月十四日 李王殿下を奉迎して
田村家ホーム・ムービー

 事の起こりは今年4月12日、キネカ大森で『雄呂血』を説明した時でした。
 この日、会場に阪東妻三郎のお孫さんで俳優の田村幸士さんがお越し下さったのです。ついでに言うと小杉勇のお孫さんもお越し下さって、何だかもう大変でした。最近多いのよ、舞台上よりも客席の方が豪華な仕事。
 終演後、幸士さんと控室でお話をしておりましたところ、なんでも田村家にはフィルムが残されているらしいと。フィルムそのものの状態は分からないけど、とにかく中身の入ったフィルム缶があると。そう聞いたら弁士として黙っちゃおれません。ここで、ふーんそうなんすか凄いですね、で終わるなら弁士なんぞやらない方が良いのです。ましてや僕は春翠の孫弟子ですから。

 後日、フィルムの現物を拝見する場を設けて頂いて出てきたのが『故 阪東妻三郎 関西映画人葬実況』『昭和七年 二月十四日 李王殿下を奉迎して』『田村家ホーム・ムービー』の三本じゃありませんか。特に『昭和七年 二月十四日 李王殿下を奉迎して』は劣化のほとんど見受けられないナイトレートです。あの時の僕は「うわっ」とか「ぎゃっ」とか、意味不明な言葉を随分口走ってたんじゃないかと思います。大概不審ですわね。
 で、まずやったのはこれらのフィルムが官民問わず主要なフィルム保管機関に収蔵されているかの調査でしたが、結果はどこも所蔵しておらず。いよいよ新発見の気配が高まってきたので、幸士さんとフィルムセンターさんをお引き合わせして、基本的には僕の仕事はお終い。

 まあ、つまり大したことはしてないのです。ご自宅に正体不明の古いフィルムが有れば、なにも弁士を通さなくても、誰でも直接フィルムセンターなり、マツダ映画社なりに連絡をすれば適切な対応は取って貰えるはずなのです。だからきっと、僕が何かしなくても、いずれこのフィルムは上映されたでしょう。
 でもですね、そこが弁士の業です。春翠の時代ならいざしらず、平成になって弁士が可燃性フィルムの発見に寄与できたなんて、こんなに嬉しい事はないじゃないですか。たまにコアな無声映画愛好家の方が、弁士を無声映画への害悪的な存在の様にみなす時がありますが、こういう意味でも私は反論したい。弁士はフィルムを見っけてくるんだ、弁士がいたから残ったフィルムがあるんだと。『瀧の白糸』だって静田錦波と谷天朗がいなかったら残っていないかもしれないんです。
 全部良い事はないけれど、全部悪い事もないんです。活動写真弁士って文化も同じです。

 話を戻しますとね『昭和七年 二月十四日 李王殿下を奉迎して』に僕が昂奮したのはナイトレートだったからでもありますが、阪妻プロの劇映画以外の作品なんて聞いた事も無かったからです。映画史を探っていると、撮影所が小銭稼ぎの為に撮影隊を派遣して記録映像を撮った事例は幾らもあるので、阪妻プロにだってあったんだろうなと予想は出来ます。しかし想定の範囲内であったとしても現物があるかないかで大違いです。なので「わっ」とか「きゃっ」とか、周囲の目も気にせずやっちまった訳です。
 もっとも、その後『昭和七年 二月十四日 李王殿下を奉迎して』は僕の予想とはまたちょっと違った撮られ方をしたフィルムであると判明いたしましたけれど。この上映は阪妻ファンは絶対に行った方が良御座んすよ。俺もまだ見てないけど。

 『田村家ホーム・ムービー』もどうやら大変貴重です。マツダ映画社には『素顔の阪妻』なる記録映画があって、中心となる素材は田村家のプライベートフィルムです。じゃあ『素顔の阪妻』を無声映画鑑賞会で見た事があるから見なくても良いかとお思いのアナタ、それは違う。同一のカットもありますが『素顔の阪妻』には含まれていないカットも多数残されているようです。

 そして『故 阪東妻三郎 関西映画人葬実況』も大変です。錚々たる顔ぶれが参加した阪東妻三郎の葬儀実況フィルムです。映画史としても貴重な記録であるのは間違いありません。しかも今回のプログラムが良いじゃないですか、『故 阪東妻三郎 関西映画人葬実況』と一緒に『日活取締役 故中村鶴三氏 尾上松之助 葬儀実况 大正十五年九月十六日』も一緒に見られちゃう。日本映画史の伝説となる二人の葬儀には、このお二人がいかに偉大な存在であったかが確実に刻まれているのです。実際、このお二人の葬儀の写真をみると国王でも亡くなったのかしらとばかりの人、人、人、人の群れ。動画で見ればさらに圧倒されるのは間違いないでしょう。

 思えば『雄呂血』は不思議な作品です。阪東妻三郎ご本人も思い入れがあったため、ネガフィルムを特別に保管していた物が、いつの間にか無くなってしまい、どこをどう渡り歩いたのか関西に流れ着き、それを聞きつけた松田春翠が長年交渉を続けようやく譲って貰い、いざ公開しようとしたものの場所が無い。どうしようかと悩んでいたらとある会館に急遽空きが出来た、その日が何と阪妻命日の7月7日だった。それとばかりに上映を決めたものの前売り券はちっとも売れない。客席数は1000近くもある劇場でガラガラでは応援に駆け付けて下さる田村家の皆さんに申し訳ないと青くなっていたら、開場時間と共に、どこから聞きつけたのかお客様がわんさと詰めかけ満席に。
「あの時のお客さんは阪妻さんが呼んでくれたんだね」と春翠は折に触れて話していたんだそうで御座います。
 その『雄呂血』をキネカ大森30周年記念事業で上映した時に田村幸士さんが来て下さって、今回の発掘に繋がった……。感無量と申しましょうか、弁士として、春翠の孫弟子として、実に誇らしい出来事です。

 弁士なんて儲かる仕事じゃないんです。生活が大変で、もう無理かもしれんと思う時だってあるんですが、しばらく辛抱していると必ずこういうご褒美があるんですね。僕は単純ですから、神様は俺に弁士を続けろと仰っている、なんて信心も無いくせに思ったりするのです。罰当たり千万。

 にしても今回のプログラムは良いなあ。 
 見に行きたいものばかりです。自分の選択とはいえ、日本にいないのが悔しい。
 東京近郊にいらっしゃる方は、この歴史的な上映に是非とも足をお運びくださいませ。

 長々書いてしまった。
 最後に『雄呂血』の写真をご覧ください。

雄呂血 (3)

 
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|08/30| 活弁コメント(0)TB(0)












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