告知で無い投稿です。
 でも一つだけ先に告知させて。

 5月24日はぐらもくらぶです。
 大谷能生さん、新垣隆さんの演奏が聞けるだけで2000円なら充分元の取れる企画ですので、おそらくは大勢のお客様にお越し頂けると思いますが、なにぶん予約なしの当日のみですので本当にいらしていただけるのか関係者一同不安になっている時期で御座います。もしこのブログを見ていて行こうかなと思っている方はコメント欄でも結構ですし、あるいはツイッターやフェイスブック等で「これ面白そう!誰か一緒に行かない?」とステマ気味にアレして頂けろと嬉しい今日この頃であります。

●春のぐらもくらぶ祭り2015 『音と影』 ~戦前日本における映画と音楽の融合
日時/5月24日14時~(第一部)、16時30分~(第二部) *入れ替え無し
内容/
 第一部 戦前日本における映画と音楽の融合・サイレントからトーキー、その成熟期
      無声映画期の映画伴奏 / 紙恭輔と映画音楽 / エノケン映画とジャズ / 貴志康一と映画 / ミュージカル映画の世界ほか
 第二部 夢想する無声映画の進化
      現代における気鋭音楽家と活動写真弁士による伴奏つき無声映画の再現。
      新垣 隆らによる無声映画音楽についてのトーク / 新垣 隆(ピアノ)、大谷能生(サックス)の即興演奏による無声映画上映 / 片岡一郎(活動写真弁士)、新垣 隆(ピアノ)による『己が罪作兵衛』(1930年・松竹蒲田作品)の上映
出演/大谷能生(音楽家) 、佐藤利明(娯楽映画研究家) 、 毛利眞人(音楽評論家) 、 保利 透(アーカイブ・プロデューサー) 、片岡一郎(活動写真弁士)、新垣隆(ピアニスト)
会場/江戸東京博物館ホール(両国)
料金/ 2.000円(当日券/ 入れ替え無し)
※博物館併設の駐車場の出庫は17時30分までとなっておりますのでご注意ください。


春のぐらもくらぶまつり2015

 さて先日、ポーランドに行って参りました。
 大学での講義と実演で三日間喋り通しで、実に密度の高い充実した時間でしたが、中でも印象的だったのは、あるミュージシャンの演奏でグリフィスの作品を見た事でした。

 ワルシャワでは毎年無声映画祭が行われていて、今年は12回目の開催でした。私は『雄呂血』『子宝騒動』『雷電』の三本を説明いたしました。どの作品も現地のミュージシャンが演奏をして、私が説明をするスタイルで上映。『雄呂血』の代名詞ともいえる、あのチャンバラシーンでは「さくら」をアレンジした曲が演奏され、しかもこれが勇ましさ、悲しさ、美しさを同時に併せ持った実に良い演奏でして、実に刺激的。こういう選曲は却って日本人だと出来ないかもしれません。
 そんなこんなで『雄呂血』の評判は上々、次がグリフィスの『國民の創生』をアメリカから来たドラマーの演奏で上映でした。私も『國民の創生』は説明した経験がありますが、そりゃ大変なんだあれは。長いから。

キノイリュージョン
キノ イリュージョン
 
 この映画祭の会場はKino Iluzjon(キノ イリュージョン)と言いまして、素敵な事にスクリーンの前にオーケストラピットがあるんです。つまり劇場が無声映画を上映する前提で作られている。当然ながらピットの中にいるミュージシャンの姿は見えません。そこにドラマー氏から不満が出た。

オケピ
オーケストラピット

 別に名前を伏せる必要も無いですね。
 その方のお名前はSean Noonanさんと言います。この方のパフォーマンスについて若干批判的な表現を使うかもしれませんが否定をするつもりは無いのをあらかじめお断りしておきます。

 さてこのSeanさん、猫の被り物をして演奏するからお客さんから姿が見えないのは困ると。
 ついては猫の被り物を見せる方法は無いか、というのでスクリーン脇にもう一つスクリーンが設置される事になったのです。これ自体は面白い試みでした。映画だけ見られれば良いんだ、演者なんか映画の邪魔にならないように何となく演奏していろ、という方ならいざ知らず、人間がパフォーマンスをしていればそちらも見てみたくなるのが当然の心理ですから。
 そこでこんな風にスクリーンとプロジェクターが配置されたのですね。

サイドスクリーン

 さて当日です。
 なんでもSeanさん、猫は止めたと。
 理由は分かりませんが、ここでサイドスクリーンの存在意義が80%程失われたのでした。嗚呼。
 上映前の主催者あいさつの後に場内に入ってきた彼は金色のローブをまとっていました。ボクシングのチャンピオンみたい。かましてくれます。俺がどんなに頑張って紋付を着ても、あそこまでのインパクトは出せません。やるなSean。でも俺は猫が見たかった。

 『國民の創生』の上映が始まります。
 演奏メンバーはSeanさんのドラムに加え、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの四人編成。
 映画と共に厳かに音楽が流れますが、合わねぇ、ちっとも映画の雰囲気に合わねぇ。
 Seanさんが何か喋りはじめた。まさか弁士なのか、ドラム兼弁士か。アメリカ版山崎バニラか?
 いや違う。字幕を読んでるんじゃない。映画と関係ない事を喋ってる。時々歌ったり咆えたりもする。
 家族だんらんのシーンで「Reincarnation(輪廻転生)」を連呼している。そんなテーマ、この映画に有ったか?無えよな?
 「Cold world」って繰り返してる。戦争のシーンで分かるような分らないような……。
 「私の影はどこ?どこにもない。あれは私の影じゃない」とかなんとか言っている。

 『國民の創生』は190分御座います。
 このパフォーマンスは3時間行われました。
 びっくりしたね、俺は。
 この映画祭では通常、上映終了後に主催者がもう一度登壇してミュージシャン(もちろん弁士も)を紹介して拍手で終演が基本的な流れなのですがSeanさんてばオーケストラピットにカメラがある事を把握してるもんだから、その場でメンバー紹介を始めちゃって主催者が出てくるタイミングを奪っちゃった。しょうがないからお客さんも困った感じで拍手して、主催者困惑顔で、Seanさんはバンドメンバーとピットの底で抱き合ってやり切った感を爆発させている。
 もうね、最高の光景でしたよ。
 彼は下手なミュージシャンではありません。公式サイトを見ても大変なスケジュールをこなしている売れっ子です。
 ただし彼が日本に呼ばれてフィルムセンターで演奏したら暴動が起きますね。弁士が一応はストーリーを尊重して喋っても文句を言う人が出る環境で、彼の様なパフォーマンスは金返せと受付に文句を言う方続出でしょう。

 Sean氏は映画を無視して勝手な演奏をしたのか?
 答えは否です。映画の流れを無視している様でいて、ちゃんと曲の変わり目と映画のシーンがリンクするように構成されていましたし、あの詩や歌も彼なりに映画からインスピレーションを受けて発したものなのだと思います。聴衆が共感できないだけで。できない、は適当ではない表現かもしれません。できなかった、という方が近いでしょう。

 無声映画上映の基本的な理念は、映画が主で演者は従です。
 彼は徹頭徹尾演者が主であろうとした。そういう形態の無声映画上映があっても良いし、現に少なからず行われています。ただし今回のコンセプトとは合わなかった。もし彼の様なミュージシャンと無声映画のコラボを試みるならオーケストラピットを使ってはいけないのです。舞台上に上げて、映画に被ろうがお構いなしにスポットライトを浴びせて上演すれば、きっと素敵な空間になったのではないかと思います。
 惜しむらくは事前の確認が双方ともに不足していた、という事でしょう。

 上映が終わってみればもう午前一時。
 翌日には『子宝騒動』と『雷電』の説明もあるので、稽古もしなければならない私はホテルへ向かって夜道をあるいたのです。しかしその夜の稽古はさっきの演奏が思い出されてしまい、あんまり意味がありませんでした。

 そして翌日、『子宝騒動』と『雷電』を説明した私は、またしても現地ミュージシャンに大きな衝撃を受ける事になるのです。

 

  続く
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