マッチが20年ぶりにオリコン1位だそうですよ。どんな気持ちでしょうか、20年ぶりの1位は。アタイは30年近い人生の様々なランキングの中で1位の経験が無いので予想もつきません。どんな良くても2位、がアタイの今までの人生でした。

 1位の人は職業に活動写真弁士を選ばないような気もします。1位の人はどんな仕事につくのでしょう?でんつーとかですか?偏見ですね、きっと。でも金払いよかったなぁ、でんつー。

 いいの、弁士で1位目指すから、僕。

 えぇ、んまぁ、そんな訳で、とても、とおっても文句を垂れたい事もあるのですが、以前ここで書いた事でもあるし、イメージの問題もあるので垂れません。垂れるのはトーストのハチミツだけにしときましょう。加糖されてない奴でお願いね。  ウィキペディアなるものがありますやね。前にどこかで読んだのですが、ウィキペディアの最終的な到達点は、この世にある全ての情報を収集することだそうです。本当の意味での百科事典を目指しているらしいのです。その為に、一定の編集方針を保ちつつ、どんな人の記述も一旦は受け入れている訳です。専門の研究員よりも、田舎のおばあちゃんの方が真実に近い場合もある、それらの受け皿は必要です。となれば、あらゆる人がアクセスし、書き加え、編集出来るようにしなければ百科は達せられないのですね。

 とはいえ素人が書いている以上、膨大な量の間違いが存在します。そうした間違いは、いずれ真実を知る人によって訂正される事を期待されつつネット上に漂う羽目になるのです。実にウィキペディアとは人の善意によって成り立っている、しかも気の長いプロジェクトなのです。

 少なくともアタシにはそう見える。

 となると気になるのが調べ物をするときに参考にして良いものかどうか、という点です。こないだ学生さんと話したら、今の学生諸君、レポートを書く時には、まずネットで調べるとの事。十年前では考えられなかった事が当たり前になってしまいました。とすればウィキペディアなぞはレポートには大活躍なのでしょう。で、再び問うてみます。ウィキペディアって信用できる?

 ウィキペディアという現象を捉えて信用に足るかどうかの問いかけは無駄であり、乱暴である事は解っています。知識は個々の問題であり、一貫した編著者のいないウィキペディア全体は知の形態になりません。
 
 ただね、活弁がらみのところに関しては間違いが異常に多いのですよ。アタシは専門中の専門ですから、はっきりそう言えます。専門ってのは職業が活動写真弁士だってレベルの話ではないですよ。その程度なら他に10人以上居る。これだけははっきり言えますし、多くの仲間が認めてくれていると思いますから書きます。活弁の歴史に関しての知識は片岡一郎、ケタが違う。そういった意味での専門です。認めない?知らねぇよ、お前なんぞ。

 とにかくですな、こと活弁がらみではウィキペディアは全く信用できません。ならお前が書き換えろと思われるかもしれませんが、面倒すぎて、とてもする気が起きない。だがしかしネットで活弁の事を調べるとウィキペディアからの引用文がやたらに引っ掛かってきます。やはり問題と言えましょう。アタシの弁士列伝が勝手にコピーされてないだけマシですが、それとて今後は分らない。いや、いっそコピーされた方が…、とも思えるのです。それ位間違いだらけで、徳川夢声先生の項目なぞは「どうしちゃったの?」というレベルです。ホントにメンド臭いので指摘もしません。でも、これを元にレポートなぞが書かれたら、その人は生涯誤認を正す機会は得られないでしょう。恐ろしい事です。悲しい事です。

 自分の専門分野なら気付けるから良いのです。しかし、他の記述もこのレベルであれば、おおよそ資料としては採用できないことになる。調べ物は難しい。
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|05/16| もやもやコメント(0)TB(0)












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